この記事では、「事業承継税制を使えばスムーズに事業承継できると聞いたけど、簡単に適用を受けることができるの?」という疑問をお持ちの方や、「事業承継税制の適用を受けるためにはどんな要件をクリアしなければいけないかを詳しく知りたい」という方向けに、事業承継税制の概要を簡単に解説した上で、事業承継税制の適用を受けるために満たすべき要件について基礎から詳しく解説します。
なお、事業承継税制には法人版事業承継税制と個人版事業承継税制の2つがありますが、この記事では法人版事業承継税制について解説します(以下、法人版事業承継税制を単に「事業承継税制」といいます)。
事業承継税制は後継者が事業承継時に税金を納付することなく事業承継できる便利な税制ですが、適用を受けるためには様々な要件が課せられていて、これらの要件を一つひとつクリアすることが必要です。要件の判定漏れが生じると事業承継税制の適用を受けられず、後継者に税負担が生じて、円滑に事業承継が進まなくなるケースもあります。
事業承継税制の適用を受けるための要件は対象会社の要件、後継者の要件、先代経営者の要件の3つに分類されます。対象会社の要件の代表例は非上場の中小企業者であること、後継者の要件の代表例は成人かつ3年以上継続して対象会社の役員であること、そして先代経営者の要件の代表例は代表者であった期間内のいずれか時点及び贈与直前の時点において議決権の過半数を有する同族内で筆頭株主であることです。
まずは、事業承継税制の概要と効果について簡単に解説します。
事業承継税制とは、中小企業の円滑な事業承継を目的とした税制です。中小企業の後継者が先代経営者などからその中小企業の株式(以下、「事業承継税制対象資産」といいます)の贈与を受けた場合、後継者は贈与税を課税され、原則として贈与を受けた年の翌年3月15日までにその全額を納付する必要があります。
また、中小企業の後継者が先代経営者などから事業承継税制対象資産を相続(遺贈を含みます。以下同じ)により取得した場合、後継者は相続税を課税され、原則として先代経営者などが死亡した日の翌日から10ヶ月以内にその全額を納付する必要があります。
ただ、事業の後継者が事業を承継する時点で十分な納税資金を持っているケースは少なく、納税ができないことを理由に事業承継を諦めるという例も多く見られました。後継者が事業承継を諦めることによって、地域の経済と雇用を下支えする中小企業が廃業することを防ぐため、事業承継税制が導入されました。
事業承継税制の適用を受けることにより、次の税金の納付が猶予され、更に一定の条件を満たした場合はその納付が免除されます。
後継者が先代経営者などから事業承継税制対象資産の贈与を受けた場合における贈与税 後継者が先代経営者などの相続によって事業承継税制対象資産を取得した場合における相続税 |
以上、事業承継税制の概要と効果について簡単に解説しました。以下では、事業承継税制の適用を受けるための要件について詳しく解説します。
なお、事業承継税制は恒久的な措置である「一般措置」と時限的な措置である「特例措置」の2つが存在しますが、特例措置の方が有利なので、以下では特例措置の適用を受けることを前提に解説します。
また、事業承継税制の適用要件は、①贈与か相続か、②先代経営者からの贈与・相続か、それとも先代経営者以外の者からの贈与・相続かによって異なりますが、以下では先代経営者から一人の後継者への贈与を前提に解説します。
事業承継税制の適用要件は、①対象会社の要件、②後継者の要件、③先代経営者の要件に分類されます。以下、それぞれの要件を解説します。
対象会社の要件は次のとおりです。このすべての要件を満たさないと、事業承継税制の適用を受けることはできません。
【会社の資本と業種要件】 1.中小企業者であること 【会社の収入要件】 6.認定申請をする事業年度における損益計算上の売上が1円以上あること(営業外収益や特別利益は「売上」に含まれないので、利子・配当や固定資産売却益があるだけではこの要件を満たしません) 【会社の従業員要件】 7.常時使用する従業員が1人以上いること(5人以上必要な場合もあります) 【その他の要件】 8.後継者以外が拒否権付株式(いわゆる黄金株)を保有していないこと |
以下、No.1、No.4、No.7の要件についてそれぞれ補足します。
まずNo.1の要件について、「中小企業者」に該当するか否かは業種ごとの資本金と従業員数によって判定します。具体的な判定表は次のとおりで、資本金の要件と従業員数の要件のどちらか一方を満たせばその会社は中小企業者に該当します。
業種 | 資本金 | 従業員数 | |
---|---|---|---|
製造業その他 | 原則 | 3億円以下 | 300人以下 |
ゴム製品製造業(タイヤ・チューブ・ベルト製造業除く) | 3億円以下 | 900人以下 | |
卸売業 | - | 1億円以下 | 100人以下 |
小売業 | - | 5千万円以下 | 50人以下 |
サービス業 | 原則 | 5千万円以下 | 100人以下 |
ソフトウェア・情報処理サービス業 | 3億円以下 | 300人以下 | |
旅館業 | 5千万円以下 | 200人以下 |
たとえば、美容室を営む会社の場合、美容室はサービス業ですから、①資本金の額が5,000万円以下であることと、②従業員数が100人以下であることのいずれかを満たせば中小企業者に該当します。この会社の資本金の額が5,000万円で従業員の人数が200人であった場合、②の要件は満たしませんが①の要件は満たすので、この会社は中小企業者に該当します。
次にNo.4の要件について、「資産保有型会社」と「資産運用型会社」の定義は次のとおりです。なお、ここでいう「資産」とは、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下、「経営承継円滑化法」といいます)にいう「特定資産」のことで、「特定資産」に含まれる資産は、現預金、有価証券、事務所・工場・従業員社宅以外の不動産、絵画、貴金属、ゴルフ会員権などの資産です。
資産保有型会社 | 特定資産の帳簿価額が資産の帳簿価額総額の70%以上である会社 |
資産運用型会社 | 特定資産の運用収入が総収入額(売上高、営業外収益、特別利益の合計額)の75%以上である会社 |
なお、資産保有型会社や資産運用型会社が事業承継税制の適用から除外されるのは、資産家によって事業承継税制が悪用されるのを防ぐためです。
たとえば、経営実態のない会社に有価証券や賃貸用不動産を持たせ、この会社の株式を資産家の子や孫に贈与したり相続させたりする場合にも事業承継税制の適用を許せば、資産家の子や孫は贈与税や相続税を直ちに納付することなくこれらの会社の株式を取得し、そこから多額の配当を得ることができるようになります。
こうした行為は明らかに事業承継税制の目的から逸脱しているため、資産保有型会社や資産運用型会社は事業承継税制の適用から除外されています。ただ、賃貸用不動産を保有する会社でも、その会社が不動産業を営む会社である場合はどうでしょうか。資産保有型会社や資産運用型会社を事業承継税制の適用から除外するのは経営実態のない会社を隠れ蓑に使った租税回避を防止するためですから、経営実態のある不動産会社であれば事業承継税制の適用を受けられるべきです。
そこで、次のすべての要件を満たす場合は、外形的に資産保有型会社や資産運用型会社に該当するとしても、事業承継税制の適用を受けることができます。
常時使用する従業員(社会保険の加入者)が5人以上であること。この「5人」には、後継者及び後継者と同一生計の親族(たとえば後継者の配偶者や子どもなど)はカウントしません 事務所や店舗などを所有、または賃借していること 商品の販売、第三者への不動産の貸付といった事業活動を3年以上継続して行っていること |
なお、「事業活動を3年以上継続して行っていること」の要件について、設立後3年未満の新設会社に対する特例はないので、設立後3年未満の新設会社のうち外形的に資産保有型会社や資産運用型会社に該当する場合は事業承継税制の適用を受けることができません。特に設立後3年未満の不動産会社を事業承継しようとするときは注意が必要です。
最後にNo.7の要件について、「常時使用する従業員」にパートやアルバイトといった短時間労働者はカウントされません。また、会社の役員(取締役、監査役、会計参与)もこれに該当しないので注意が必要です。一方、「常時使用する従業員」は親族であっても問題ないので、「後継者の子どもが従業員(正社員)として勤務している」といったケースの場合はこの要件を満たします。
なお、対象会社に外国子会社があるなどの一定のケースでは、「常時使用する従業員」が1人ではなく5人必要な場合もあります。
以上、対象会社の要件を解説しました。次に後継者の要件を解説します。
後継者の要件は次のとおりです。このすべての要件を満たさないと、事業承継税制の適用を受けることはできません。
1.贈与の日において20歳以上であること(贈与の日が2022年4月1日以降の場合は18歳以上であること) 2.贈与の日において対象会社の代表者であること 3.贈与の直前において3年以上継続して対象会社の役員であること 4.特例承継計画に記載された後継者であること 5.贈与の日において後継者とその同族関係者で総議決権数の過半数を保有していること 6.贈与の日において同族関係者の中で最も多くの議決権を保有していること 7.対象会社の株式について事業承継税制の一般措置の適用を受けていないこと |
これらの要件のうち実務上重要なのはNo.3とNo.4の要件です。
まずNo.3の要件について、「3年以上継続して役員であること」という要件は見落としがちなのでご注意ください。役員であった期間が合計で3年を超えていても、贈与の日の前3年の間に対象会社の役員でない期間がある場合は要件を満たしません。なお、設立後3年未満の会社においてはこの要件を満たすことが不可能で、新設会社に関する特例もないので、設立後3年未満の会社は事業承継税制の適用を受けることができません。
また、「役員であること」の要件も重要です。後継者であっても修行期間中は一般従業員として処遇するポリシーの会社もありますが、これだと「役員であること」の要件を満たせず、結果として事業承継税制の適用を受けられなくなるのでお気をつけください。贈与の時期が決まったら、その時期の少なくとも3年前からは後継者を役員(取締役、監査役、会計参与)に据える必要があります。
次にNo.4の要件について、特例承継計画に後継者として氏名を記載された人でなければ事業承継税制における「後継者」の要件を満たさない点に注意が必要です。
特例承継計画の作成から実際の贈与までに長い期間が空く場合、その間の経営環境の変化や後継者候補の能力不足が露呈したことなどの理由から、当初想定していた人ではない人を後継者にしようとするケースもあります。そうした場合は、事前に特例承継計画の変更の確認申請を行い、都道府県による確認を受けた後に新しい後継者へ対象会社の株式を贈与するというステップを踏まなければ、事業承継税制の適用を受けることができなくなります。なお、事業承継計画の変更の確認申請は、特例承継計画の提出期限(2024年3月31日)を過ぎても提出することが可能です。
以上、後継者の要件を解説しました。最後に先代経営者の要件を解説します。
先代経営者の要件は次のとおりです。このすべての要件を満たさないと、事業承継税制の適用を受けることはできません。
1.一定の時期において、先代経営者及びその親族が対象会社の総議決権数の過半数を保有しており、かつ後継者以外の親族の中で最も多くの議決権を有する者であったこと 2.対象会社の代表者であったこと 3.特例承継計画に記載された先代経営者であること 4.贈与時に代表者を退任していること 5.一定数以上の対象会社の株式を贈与すること 6.すでに事業承継税制の適用を受ける贈与をしていないこと |
このうちNo.4の要件は見落としがちなのでご注意ください。対象会社の株式を後継者に贈与する時点で、先代経営者は代表者を退任している必要があります。
以下、No.1とNo.5の要件についてそれぞれ補足します。
まずNo.1の要件について、この要件にいう「一定の時期」とは、①先代経営者がその会社の代表者であった期間内のいずれかの時と、②贈与直前のことをいいます。①と②のいずれの時点でも、「先代経営者及びその親族が対象会社の総議決権数の過半数を保有しており、かつ後継者以外の親族の中で最も多くの議決権を有する者であった」ことが必要です。
たとえば、2000年にA社の総議決権数の90%を取得し、同年から2022年までA社の代表取締役の地位にあった甲氏が、2021年に代表取締役の地位を息子である乙氏に譲り、2022年に所有するA社株式のすべてを乙氏に贈与したとします。この場合、甲氏は①と②のいずれの時点においても対象会社(A社)の総議決権数の過半数を保有し、かつ乙氏以外の親族の中で最も多くの議決権を有する者であったため、No.1の要件を満たします。
次にNo.5の要件について、この要件にいう「一定数以上」とは、先代経営者と後継者の保有議決権数合計が対象会社の総議決権数の3分の2以上である場合は後継者の保有議決権数割合が3分の2以上となる株式数で、先代経営者と後継者の保有議決権数が対象会社の総議決権数の3分の2未満である場合は先代経営者の全ての株式です。
No.1の例でいうと、先代経営者である甲氏は対象会社であるA社の総議決権のうち90%を保有しており、その保有株式の全てを乙氏に贈与するため、この要件を満たします。
以上、事業承継税制の適用を受けるために満たすべき3つの要件(対象会社の要件、後継者の要件、先代経営者の要件)について解説しました。
事業承継税制の適用要件の中にはシンプルなものもありますが、資産保有型会社または資産運用型会社の要件など判定が難しい要件もあります。法人版事業承継税制の適用をお考えの方で、適用要件を満たすことができるかご不安のある方は、税理士に相談してみてはいかがでしょうか。