この記事では、「社長だった親が突然他界してしまった。自社株式に係る相続税の納税猶予を受けられる税制があると聞いたが、これまで何も準備していなくても適用を受けられるのか知りたい」という疑問をお持ちの方や、「社長が高齢になり事業承継の話をしたいがなかなか切り出せない。このままだと事業承継税制の適用を受けられなくなるのではないか」という不安を抱えている方に向けて、事業承継税制の適用手続きを相続発生後に行っても間に合うのか?という疑問にお答えします。
事業承継税制は相続発生後でも間に合います。ただ、遺産分割協議や相続税の申告と並行して事業承継税制の適用を受けるための各種要件を満たすための手続きを行う必要があるため、適切なスケジュール管理と関係者(他の相続人や専門家)の協力が欠かせません。
会社や個人事業を営んでいた経営者が亡くなった場合、当該経営者が保有していた自社株や個人事業の事業用資産は、相続または遺贈によって相続人や相続人以外の者が取得することになります。
亡くなった人(被相続人)が保有していた自宅や自家用車が相続税の課税対象に該当するのと同じく、自社株や個人事業の事業用資産も相続税の課税対象です。事業承継を目的とした相続または遺贈であってもあるいは赤字の会社の株式であっても、相続または遺贈を受けた人は、当該株式や事業用資産の評価額をもとに計算した相続税を相続税の申告期限(被相続人が亡くなった日の翌日から10か月以内)までに、原則として現金一括で納付する必要があります(延納手続きを行えば分割納付も可能ですが、利子税の支払いが必要です)。
しかしながら、事業の後継者として自社株や事業用資産を相続する人が多額の相続税を現金一括で納付できるケースは稀であり、また「相続税の延納」という方法を選択したとしても利子税の支払いが必要であることから、金銭的な事情を理由に後継者が自社株などの相続を躊躇したり拒否したりするケースが多くみられました。こうした状況を踏まえ、円滑な事業承継をサポートするため、一定の要件を満たせば後継者の相続税・贈与税の納税が猶予される「事業承継税制」が導入されました。
事業承継税制とは、中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(以下、「円滑化法」といいます)の認定を受けることを前提に、非上場株式等または特定事業用資産について贈与税・相続税の納税猶予・免除を受けることができる税制です。
事業承継税制には、自社株(非上場株式等)の贈与・相続があった場合に適用される「法人版事業承継税制」と、個人事業を営むために保有する事業用資産(特定事業用資産)の贈与・相続があった場合に適用される「個人版事業承継税制」があります。また、法人版事業承継税制には「特例措置」と「一般措置」の2種類があります。
事業承継税制が導入された背景(自社株や個人事業主の事業用財産が相続税または贈与税の課税対象となるため、事業の後継者に多額の税負担が生じて事業承継が円滑に進まないという事態が生じていたこと)を鑑み、事業承継税制の適用を受けることで、後継者は贈与税・相続税の全部または一部について納税の猶予を受けることができます。具体的な範囲は下表のとおりです。
税制 | 措置 | 納税猶予の対象 | 納税猶予の範囲 |
法人版 | 特例措置 | 全株式 | 納税猶予割合100% |
法人版 | 一般措置 | 総株式の3分の2まで | 納税猶予割合は贈与の場合は100%、 相続の場合は80% |
個人版 | - | 特定事業用資産 | 納税猶予割合100% |
なお、「特定事業用資産」とは、宅地、建物、一定の減価償却資産を意味します(宅地・建物は面積制限があります)。詳しくは国税庁が発行している「個人版事業承継税制のあらまし」をご参照ください。
参考:国税庁 個人版事業承継税制のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_04.pdf
相続で事業承継税制の適用を受ける流れとして、法人版事業承継税制(特例措置)を例に解説します。
法人版事業承継税制(特例措置)の流れは次のとおりです。
①特例承継計画を策定して都道府県の確認を受ける ②相続が開始する(被相続人、つまり先代経営者が亡くなる) ③円滑化法の認定を都道府県知事から受ける ④相続税の申告期限までに事業承継税制の適用を受ける旨を記載した申告書と一定の書類を提出するとともに、納税が猶予される金額に見合う担保を提供する |
すべての手続きを相続税の申告期限(被相続人が亡くなった日の翌日から10か月以内)までに行う必要があるため、被相続人が存命のうちに①を完了しておくと、③以降の手続きをスムーズに行うことができます。
スケジュールはタイトになりますが、相続開始前に何の準備をしていなかったとしても、相続発生後に事業承継税制の適用を受ける準備を始めて、最終的に事業承継税制の適用を受けることは可能です。
従来の事業承継税制は特殊なケースを除いて経済産業大臣の事前確認が必須だったため、相続発生後に事業承継税制の適用を受けることはできませんでした。これが、平成25年度(2013年度)税制改正によって平成25年4月1日以降については経済産業大臣の事前確認が不要となり、現在に至っています。
参考:中小企業庁 中小企業経営承継円滑化法申請マニュアル
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2018/180806zouyo_souzoku_izen.pdf
なお、国税庁の発行する「法人版事業承継税制のあらまし」においても、法人版事業承継税制(特例措置)の適用を受けるための最初のステップである特例承継計画の策定について、「相続後でも、円滑化法の認定申請時までは特例承継計画を提出することが可能です」と明記されています。
参考:国税庁 法人版事業承継税制のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_01.pdf
先ほど解説したとおり、相続発生後に事業承継税制の適用を受けることは可能です。相続発生後に準備を始める場合は下記の2点に留意が必要です。
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以下、この2点について簡単に解説します。
相続発生後に事業承継税制の適用を受ける準備を始めるときは、事業承継税制の適用手続だけでなく、相続税の申告、遺産分割手続、不動産の登記申請など多くの手続を同じ時期に行う必要があるため、相続発生前に準備が完了している場合と比べるとスケジュール管理の重要度が増します。
スケジュール管理をご自身で行うことも可能ですが、先代経営者が亡くなったあとはご遺族がやるべきことや考えなければいけないことも多くあるため、スケジュール管理を含めて税理士に依頼することをおすすめします。税理士に一連の作業を依頼すれば、あとは必要な書類を税理士からの依頼に基づいて作成・準備するだけですので、後継者の方はもちろん、他の相続人の方の事務負担や心理的負担を大きく軽減することができるでしょう。
事業承継税制対応手続には、事業承継計画の策定、税理士等の助言、都道府県への申請等のステップが必要であるため、場合によっては他の相続人の相続税申告が事業承継税制対応待ちになることもあります。こうした場合に備えて、事業承継税制の適用を受けようとしている旨と、適用手続には時間を要する旨を後継者以外の相続人や相続の関係者に対して早い段階で説明するとよいでしょう。事前に説明さえしておけば、事業承継税制対応手続対応で時間を要したとしても、他の相続人が不安になったり、これらの人に不快な思いをさせるリスクを軽減することができます。
相続はすべての関係者にとって円満に終わることが望ましく、事業承継をする場合は円満に終わることの重要性が増します。一言でもよいので、他の相続人へ事前に連絡することをおすすめします。
以上、事業承継税制の適用手続きを相続発生後に行っても間に合うのか?という疑問に対する解説を行いました。相続発生後であっても間に合います(事業承継税制の適用を受けることはできます)が、複数の手続きを決められた期限までに完了する必要があるため、「事業承継税制の適用を受けよう」と思ったら可能な限り早い段階で税理士等の専門家に相談することをおすすめします。相続税の申告を税理士または税理士法人に依頼する場合は、事業承継税制の適用手続やスケジュール管理もまとめて依頼するとよいでしょう。