この記事は、「近いうちに親から事業承継を受けることになっている。親も適用を受けていた事業承継税制の適用を自分も受けようと思うが、何か注意すべき点はあるか」という疑問をお持ちの次期経営者の方や、「子どもに自社株式を贈与して自分は引退したいが、自分も数年前に事業承継税制の適用を受けて先代から事業承継したばかりであることが気になっている。今のタイミングで贈与してよいのだろうか」という不安をお持ちの現経営者の方に向けて、先代が事業承継税制の適用を受けていた場合の3代目経営者への影響について解説します。
事業承継税制の適用を受けると、贈与または相続によって自社株式を取得した後継者に課せられる贈与税または相続税の全部または一部の納税が猶予されます。
先代経営者(2代目)が事業承継税制の適用を受けていた場合、3代目が事業承継税制の適用を受けないと、3代目は自社株式の贈与を受けた日の翌年3月15日までに贈与税を納税する必要がある上、2代目は1代目からの贈与で猶予されていた税額を原則として利子税を含めて納税する必要が生じます。
また、3代目も事業承継税制の適用を受ける場合は、特例経営贈与承継期間の経過後に行われた贈与であれば2代目の贈与税の納税は免除されます。1代目が存命中に2代目から3代目への贈与が行われた後に1代目が亡くなった場合は、3代目について贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予に切り替える手続きが必要である点に注意が必要です。
事業承継税制とは、経営者兼オーナーが所有する自社の非上場株式(以下、これを「自社株式」と呼びます)もしくは個人事業主の事業用資産を事業の後継者が贈与または相続によって取得した場合の贈与税・相続税に関する特例です。事業承継税制の適用を受けることによって、贈与または相続を受けた時点における贈与税・相続税の納税を行う必要がなくなります(納税が猶予されます)。
事業承継税制には、自社株式を対象とした法人版事業承継税制と、個人事業主の事業用資産を対象とした個人版事業承継税制があります。また、法人版事業承継税制には恒久的措置の「一般措置」と、時限的措置の「特例措置」があります。特例措置は、一般措置と比べると「特例承継計画の策定が必要」というデメリットがあるものの、全株式について税制の適用を受けられること(一般措置は最大3分の2)、相続についても100%の納税猶予を受けられること(一般措置は80%)、雇用確保要件や経営環境に応じた免除が柔軟であること等のメリットが一般的にはデメリットを上回るため、実務上は特例措置の適用を検討するケースが多くあります。
以下では法人版事業承継税制の適用を受けることを前提に、法人版事業承継税制の適用要件と効果を紹介した上で、先々代及び先代が事業承継税制の適用を受けていた場合の後継者(以下、この後継者のことを「3代目」と呼びます)への影響について、いくつかのパターンに分けて解説を行います。
法人版事業承継税制の一般措置と特例措置、それぞれの大まかな適用要件と効果は次のとおりです(詳しい適用要件と効果は国税庁パンフレットをご参照ください)。
【適用要件(手続要件)】
要件 | 一般措置 | 特例措置 |
特例承継計画を提出すること | - | ○ |
贈与・相続により対象資産を取得すること | ○ | ○ |
都道府県知事による円滑化法の認定を受けること | ○ | ○ |
贈与税・相続税の申告期限までに申告書等を提出すること | ○ | ○ |
納税猶予される税額及び利子税の額に見合う担保を提供すること | ○ | ○ |
表中の「○」は満たすべき要件、「-」は要件ではないことを意味します。
【適用要件(対象要件)】
要件 | 一般措置 | 特例措置 |
会社の要件(上場企業、資産管理会社等に該当しない)を満たすこと | ○ | ○ |
先代経営者の要件(会社の代表権を有したことがあり、自身と親族で50%超の議決権数を保有し、後継者以外の親族等の中で自身が最も多くの議決権数を保有する)を満たすこと | ○ | ○ |
後継者の要件(会社の代表権を有しており、3年以上会社の役員であること等)を満たすこと | ○ | ○ |
【効果】
項目 | 一般措置 | 特例措置 |
対象株数 | 総株式数の3分の2まで | 全株式 |
納税猶予割合 | 贈与100%、相続80% | 贈与100%、相続100% |
承継パターン | 後継者は1人のみ | 後継者は最大3人まで可 |
納税猶予要件(雇用確保) | 要件が厳しい(平均8割雇用維持) | 要件が弾力化されている |
事業継続困難による免除規定 | なし | あり |
一般措置と特例措置とを比べた場合、上述したとおり一般的には特例措置の方が使いやすい制度になっています。
参考:国税庁パンフレット
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_01.pdf
先代(2代目)が先々代(1代目)から自社株式を贈与または相続により取得した際に事業承継税制の適用を受けていた場合において、3代目が2代目から自社株式を贈与または相続により取得した際に事業承継税制の適用を受けないことによる影響は次のとおりです。
①3代目が2代目からの贈与によって自社株式を取得した場合
3代目は事業承継税制の適用を受けないので、自社株式を取得した日の属する年の翌年3月15日までに贈与税を納付する必要が生じます(3代目が相続時精算課税制度の適用を受ける場合はこのタイミングではなく2代目の相続発生時に相続税が課税される部分もあります)。3代目は「事業承継税制の適用を受けない」という判断をすることによって多額の贈与税を現金で納付する必要が生じる可能性もあるので、事前に自社株式の想定評価額を計算してから判断することを推奨します。
また、2代目から3代目に対して自社株式が贈与されることは原則として2代目の納税猶予の取消事由に該当するため、3代目だけでなく2代目も影響を受ける点に注意が必要です。
②3代目が2代目からの相続によって自社株式を取得した場合
自社株式は相続財産に該当するため、他の相続財産と合わせた評価額が基礎控除額等を超える場合は、3代目は相続税の申告期限まで(2代目が亡くなった日の翌日から10か月以内)に相続税を納付する必要があります。
なお、2代目から3代目への自社株式の承継が相続による場合、2代目が受けていた贈与税の納税猶予は免除に変わるため2代目の税負担はありません。
3代目が事業承継税制の適用を受ける場合、2代目から3代目への贈与における贈与税の納付は事業承継税制によって全部または一部が猶予されます。
一方、2代目が1代目から自社株式の贈与を受けた際に納付を猶予されていた贈与税額は、主に次の事由に該当した場合に納税の猶予から免除に切り替わります(特例措置、一般措置に共通の事項をピックアップしています)。
1代目が亡くなった場合 2代目が亡くなった場合 「特例経営贈与承継期間」内において、2代目が「やむを得ない理由」によって会社の代表権を有しなくなり、その日以降に「免除対象贈与」を行った場合 特例経営贈与承継期間の経過後に免除対象贈与を行った場合 特例経営贈与承継期間の経過後において会社が破産等した場合 |
「特例経営贈与承継期間」とは、原則として自社株式の贈与にかかる贈与税の申告期限の翌日から5年間のことを指します。たとえば、2024年4月1日に自社株式の贈与があった場合、贈与税の申告期限は2025年3月15日であり、その翌日である2025年3月16日から5年後の2030年3月15日までが特例経営贈与承継期間です。
「やむを得ない理由」とは、障害者や要介護者など、代表権を持つ経営者として会社の舵取りを行うことが一般的に困難と認められる理由を指します。具体的には下記のいずれかに該当する場合はやむを得ない理由があるものとして取り扱われます。
①精神障害者保健福祉手帳(障害等級1級)の交付を受けたこと ②身体障害者手帳(障害程度1級または2級)の交付を受けたこと ③要介護認定(要介護状態区分要介護5)を受けたこと ④上記①から③までに掲げる事由に類すると認められること |
たとえば、精神障害の等級1級は「他人の援助を受けなければ、ほとんど自分の用を弁ずることができない程度のもの」とされ、要介護5は「介護なしには日常生活を営むことがほぼ不可能な状態」とされています。逆にいうと、こういった事情がなければ「やむを得ない理由」には該当しないため、少なくとも特例経営贈与承継期間中は経営者としての職責を全うする必要があります。
出典:厚生労働省 精神障害者保健福祉手帳の障害等級の判定基準について
https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000610453.pdf
出典:厚生労働省 介護保険制度における要介護認定の仕組み
https://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/kentou/15kourei/sankou3.html
「免除対象贈与」とは、贈与の受贈者が事業承継税制の適用を受ける場合の贈与のことを指します。たとえば、2代目から3代目への自社株式の贈与の場合は、3代目が事業承継税制の適用を受けると、2代目が1代目から自社株式の贈与を受けた際に納税が猶予されていた税額が免除されます(特例経営贈与承継期間の経過後の贈与、もしくはやむを得ない理由による贈与に限ります)。
参考:国税庁 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_01.pdf
なお、1代目が存命中に2代目から3代目への免除対象贈与が行われた後で1代目が亡くなった場合、1代目の相続税の計算においては自社株式を3代目が取得したものとされることから、3代目が引き続き納税猶予を受けたい場合は、贈与税の納税猶予を相続税の納税猶予に切り替えるための手続きを行う必要があります。1代目が亡くなったことにより2代目ではなく3代目に必要な手続きが発生するため、手続きを忘れてしまいがちです。1代目から2代目、2代目から3代目と比較的早いピッチで事業承継を行う場合は、このパターンの手続きが必要となる可能性についても認識しておくとよいでしょう。
この場合、3代目が受けていた贈与税の納税は2代目の死亡により免除されます。一方、3代目が取得した自社株式は相続税の課税対象となることから、贈与税から引き続き相続税についても納税猶予を受けたい場合は次の手続きが必要です。
「切替確認」を受けること 2代目の相続税の申告期限(2代目が亡くなった日の翌日から10か月以内)までに相続税の納税猶予の特例を受ける旨を記載した相続税の申告書等を税務署へ提出すること |
「切替確認」とは、贈与税の納税猶予制度の特例の適⽤を受けている後継者(3代目)に対し、その贈与をした贈与者(2代目)の相続が開始した場合において、相続により取得したものとみなされた⾮上場株式等に係る相続税につき贈与者が死亡した場合の相続税の納税猶予制度の特例の適⽤を受けるための前提となる⼿続のことをいいます。3代目がこの切替確認を受けることによって、贈与税の納税猶予制度の特例の対象となっている自社株式について、相続税の納税猶予制度の特例の適⽤を受けることができるようになります。
切替確認を受けるための要件などについての詳細は、中小企業庁ホームページに掲載されている文書をご確認ください。
参考:中小企業庁ホームページ
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku/manual_6.pdf
以上、先代が事業承継税制の適用を受けていた場合の3代目経営者への影響を解説しました。
先代経営者が事業承継税制の適用を受けて事業承継した場合は、3代目だけでなく2代目経営者の税負担を鑑みて、3代目経営者も事業承継税制の適用を受けるケースがほとんどです。事業承継税制を適切に使うことができれば自社株式を税負担なく次世代へ移転することが可能ですが、納税猶予の取り消し事由に該当してしまうと猶予された税額と利子税を納付する必要が生じてしまうので、どのタイミングでどのような方法で誰に事業承継するかについて、税理士のアドバイスを受けながら、事前に親族間で協議することをおすすめします。