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コラム

賃上げ促進税制って何?法人税の節税効果や適用要件について詳しく解説します

導入

近年、労働環境の改善や人材確保の重要性が高まる中、賃上げに積極的に取り組む企業が増えています。こうした流れに対応する形で、企業による従業員への賃上げを後押しする「賃上げ促進税制」に注目が集まっています。この制度を活用すれば、賃上げによるコスト負担を軽減しながら、節税効果も期待できます。最近では、賃上げに前向きな企業が増えていることから、適用できるケースも増加していると考えられます。この記事では、賃上げ促進税制の概要、節税効果、適用要件などについて詳しく解説します。

この記事の結論

賃上げ促進税制とは、賃上げや人材育成への投資を行う企業に対し従業員への給与支給額の増加分に応じた税額控除を受けられる制度で、適用対象法人の規模に応じて「全企業向け」「中堅企業向け」「中小企業向け」の3種類があり、それぞれの種類ごとに控除率(給与等の増加額の何%を税額控除できるか)と控除上限(法人税額の何%まで税額控除できるか)が設定されています。

賃上げ促進税制には、原則の措置の他に、上乗せ措置と繰越控除措置が用意されています。上乗せ措置は全企業が対象で、一定率以上教育訓練費を増加させたり、「くるみん認定」といった認定を受けたりした企業が適用を受けることができます。また、繰越控除措置は2024年度税制改正で導入された新しい制度で、中小企業向けの適用対象法人のみが適用を受けることができますが、税額控除適用対象年度ではない事業年度においても明細書の添付が必要な点に注意が必要です。

賃上げ促進税制の概要

賃上げ促進税制の種類

「賃上げ促進税制」とは、賃上げや人材育成への投資を積極的に行う企業に対し、従業員へ支払った給与の前年度比の増加額の一定割合を、法人税額から控除する税制です(個人事業主向けの制度もありますが、以下では法人向けの税制に絞って解説します)。

賃上げ促進税制には、「全企業向け」「中堅企業向け」「中小企業向け」の3種類があり、企業規模等に応じてどの種類の適用を受けることができるかが決まります(重複適用はできません)。

参考:賃上げ促進税制御利用ガイドブック(経済産業省・中小企業庁)
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/syotokukakudaisokushin/r6_chinagesokushinzeisei/r6chinagesokushinzeisei_gb_20241016.pdf
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai/chinnagesokushin06gudebook.pdf

種類ごとの適用対象法人

賃上げ促進税制における「全企業向け」「中堅企業向け」及び「中小企業向け」の適用対象法人はそれぞれ次のとおりです。

全企業向け:青色申告書を提出する全法人
中堅企業向け:常時使用する従業員数が2,000人以下の青色申告法人のうち一定の法人
中小企業向け:中小企業者等

中堅企業向けにおける「常時使用する従業員数」は事業年度終了時の数をいい、正社員のみではなく雇用契約を締結している労働者(契約社員、パート、アルバイト、派遣社員、出向者、休職者、日雇労働者を含む)をすべてカウントします。なお、適用対象法人の従業員数が2,000人以下であっても、適用対象法人との間にその適用対象法人による支配関係(50%超の資本関係等)がある法人の従業員数を合計して1万人を超える場合は中堅企業向けの制度の適用を受けることができなくなります。

中小企業向けにおける「中小企業者等」とは、青色申告書を提出する資本金の額が1億円以下の法人で、次のいずれにも該当しない法人をいいます。

  • 資本または出資の2分の1以上を同一の大規模法人に所有されている法人
  • 資本または出資の3分の2以上を複数の大規模法人に所有されている法人

なお、上記の要件に当てはまったとしても、前3事業年度の所得金額の平均額が15億円を超える法人は中小企業向けの適用を受けることはできない点にご注意ください。

賃上げ促進税制の節税効果

賃上げ促進税制の適用を受けることによって、控除対象雇用者給与等支給増加額(定義は後述します)に控除率を乗じた金額を法人税額から控除することができ、法人税額の節税につながります。具体的な控除率(控除対象雇用者給与等支給増加額の何%を控除することができるか)と控除上限(法人税額の何%まで控除することができるか)は次のとおりです。

制度 控除率 控除上限
全企業向け 10%~25%(4段階) 法人税額の20%
中堅企業向け 10%または25% 法人税額の20%
中小企業向け 15%または30% 法人税額の20%

また、いずれの制度においても、教育訓練費の増加や子育てとの両立・女性活躍支援による上乗せ要件があります。上乗せ要件をすべてクリアした場合の最大控除率は次のとおりです。

制度 最大控除率 原則との差分
全企業向け 35% +10%
中堅企業向け 35% +10%
中小企業向け 45% +15%

たとえば、X-1年度における雇用者給与等支給額が100億円、X年度における金額が120億円で、全企業向けの最大控除率の適用を受けられる場合は、控除上限を無視すると、20億円の35%である7億円の節税効果があります。

賃上げ促進税制の適用要件

適用要件のまとめ

賃上げ促進税制の適用を受けるには、青色申告書を提出し、かつ次の要件を満たす必要があります。

制度 適用要件
全企業向け(A)
  • 雇用者給与等支給額が前年度比で増加していること
  • 継続雇用者給与等支給額が前年度比で3%以上増加していること
  • 特定税額控除規定の不適用措置に関する要件に該当しないこと
全企業向け(B) 全企業向け(A)に加えて次の要件。
  • マルチステークホルダー方針の公表等に関する要件を満たすこと
中堅企業向け(A)
  • 雇用者給与等支給額が前年度比で増加していること
  • 継続雇用者給与等支給額が前年度比で3%以上増加していること
  • 特定税額控除規定の不適用措置に関する要件に該当しないこと
中堅企業向け(B) 中堅企業向け(A)に加えて次の要件。
  • マルチステークホルダー方針の公表等に関する要件を満たすこと
中小企業向け
  • 雇用者給与等支給額が前年度比で1.5%以上増加していること

なお、全企業向け(B)の適用対象法人は、適用事業年度終了の時において「資本金の額が10億円以上かつ常時使用する従業員数が1,000人以上」または「常時使用する従業員数が2,000人超」である、の少なくともいずれかに該当する法人です。また、中堅企業向け(B)の適用対象法人は適用事業年度終了の時において資本金の額が10億円以上かつ常時使用する従業員数が1,000人以上の法人です。

以下、それぞれの要件について、租税特別措置法(以下、「措法」といいます。)の規定をもとに解説します。

雇用者給与等支給額に関する要件

「雇用者給与等支給額」とは、法人の適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される国内雇用者に対する給与等の支給額をいいます(措法第42条の12の5第5項第9号)。「国内雇用者」とは、法人の使用人(当該法人の役員等を除く)のうち国内事業所に勤務する雇用者として一定の者を(同第2号)、「給与等」とは給料、賃金、賞与など(同第3号)をそれぞれ意味することから、「雇用者給与等支給額」を簡単にいうと、「国内事務所で勤務する従業員へ支払った給与・賞与などの合計額」と言うことができます。なお、出向者負担金として出向先から受け取る金額や、助成金のうち一定のもの(補塡額)は雇用者給与等支給額から差し引く必要があります(同項第3号)。

たとえば、A社の給与等の支給額が100億円で、その中に取締役報酬1億円が含まれており、またA社からB社へ従業員を出向させている対価としてB社から受け取る金額が4億円ある場合は、100億円から1億円及び4億円の合計額(5億円)を差し引いた95億円が雇用者給与等支給額になります。

継続雇用者給与等支給額に関する要件

「継続雇用者給与等支給額」とは、継続雇用者に対する給与等の支給額をいいます(措法第42条の12の5第5項第3号)。「継続雇用者」とは、適用年度とその前年度の各月分の給与等の支給を受けた国内雇用者であることから(同)、「継続雇用者給与等支給額」を簡単にいうと、「適用年度とその前年度の24ヶ月勤務した国内従業員に対する給与」ということができます。

たとえば、3月決算法人の場合、2024年度法人税申告における継続雇用者は2023年4月から2025年3月までの24か月間給与の支給を受けた従業員を意味します。この場合、全企業向けの適用要件の「継続雇用者給与等支給額が前年度比で3%以上増加していること」については、2024年度における継続雇用者に対する給与等支給額が、2023年度のそれと比べて3%以上増加していれば適用要件を満たします。

なお、継続雇用者給与等支給額については上記のほかにも細かい要件があり、更に合併や会社分割等があった場合は調整計算も必要ですので、詳しい計算は経済産業省の「賃上げ促進税制御利用ガイドブック」を参照するか、顧問税理士に相談することをおすすめします。

マルチステークホルダー方針の公表等に関する要件

「マルチステークホルダー方針」とは、賃金の引上げ、教育訓練等の実施、取引先との適切な関係の構築等の方針を記載する文書で、これを税制の適用事業年度末までに自社のホームページに掲載するとともに、公表をしたことをGビズフォームにおいて届け出た上で、受理通知書の写しを確定申告書に添付することによって税制の適用を受けることが可能となります(「パートナーシップ構築宣言」のポータルサイトへの掲載や、「gBizIDプライム」のアカウントの取得が未了の場合は別途手続きが必要です)。

なお、マルチステークホルダー方針は直近で様式変更があったため、2023年度分以前にマルチステークホルダー方針を公表済みであっても、新様式を用いて公表しなおす必要があることにご留意ください。

特定税額控除規定の不適用措置に関する要件

特定税額控除規定の不適用措置により、中小企業者以外の法人は、所得金額、給与等支給額、設備投資額の要件を満たさない場合は、賃上げ促進税制の適用を受けることができません。詳しくは国税庁が発行した税制改正パンフレットをご参照ください。

参考:国税庁 税制改正パンフレット
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/hojin/kaisei_gaiyo2024/pdf/E.pdf

賃上げ促進税制の上乗せ要件

上乗せ要件と効果

賃上げ促進税制には、一定の要件を満たすと控除額が上乗せになる措置が用意されています。上乗せ要件と効果は次のとおりです。

制度 要件 効果
全企業向け 教育訓練費の額が前事業年度より10%以上増えていて、かつ適用年度の教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であること(要件①) 控除率を5%上乗せ
適用年度終了時において、プラチナくるみん認定またはプラチナえるぼし認定を取得していること(要件②) 控除率を5%上乗せ
中堅企業向け 全企業向けの要件①と同じ 控除率を5%上乗せ
全企業向けの要件②に加え、適用年度中にえるぼし認定(3段階目)を取得したこと 控除率を5%上乗せ
中小企業向け 教育訓練費の額が前事業年度より5%以上増えていて、かつ適用年度の教育訓練費の額が雇用者給与等支給額の0.05%以上であること 控除率を10%上乗せ
適用事業年度中にくるみん認定、くるみんプラス認定もしくはえるぼし認定(2段階目以上)を取得したこと、またはは適用年度終了の時において、プラチナくるみん認定、プラチナくるみんプラス認定もしくはプラチナえるぼし認定を取得していること 控除率を5%上乗せ

教育訓練費の要件

「教育訓練費」とは、法人がその国内雇用者の職務に必要な技術または知識を習得させ、または向上させるために支出する費用のうち一定のものをいいます(措法第42条の12の5第5項第7号)。教育訓練費には、①法人が自社で研修・指導等を行う際の外部講師謝金等、②他の者に教育訓練を委託する際の費用、③外部の研修に従業員を参加させるための費用などが該当します。

繰越控除措置

対象法人

直近の税制改正により、2024年4月1日以降開始する事業年度において、賃上げ促進税制の繰越控除措置が導入されました。この措置の適用対象法人は、賃上げ促進税制の中小企業向けの適用対象法人です(中小企業者等のうち一定の事業者を除く)。

繰越控除措置の効果

賃上げ促進税制は税額控除制度であることから、適用年度における課税所得がマイナス(欠損)の場合は、せっかく要件を満たしたとしても控除を受けられる金額がありませんでした。

この点、税制改正によって控除しきれなかった税額控除額を、最大5年間に渡って繰り越すことができるようになり、これによって賃上げによる節税効果を享受できる可能性が広がりました。効果のイメージについては下図をご参照ください。

繰越控除措置の効果

図の出典:経済産業省パンフレット 賃上げに取り組む経営者の皆様へ
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/syotokukakudaisokushin/r6_chinagesokushinzeisei_pamphlet.pdf

繰越控除措置の適用要件

繰越控除措置の適用を受けるためには次の2点をいずれも満たす必要があります。

  • 未控除額が発生した事業年度以後の各事業年度の確定申告書に繰越税額控除限度超過額の明細書を添付すること
  • 繰越税額控除措置の適用を受けようとする事業年度の確定申告書等に繰越控除を受ける金額を記載するとともに、その金額の計算に関する明細書を添付すること

2点目は適用事業年度の要件なので忘れず対応できますが、1点目は適用事業年度でないにもかかわらず明細書の作成と添付が必要であることからつい忘れてしまいがちなのでご注意ください。

まとめ

以上、賃上げ促進税制について解説しました。賃上げ促進税制は従業員の給与アップと企業の節税を両立することができる制度です。適用要件や効果が企業の規模に応じて変わる点や、「雇用者給与等支給額」や「継続雇用者」といった特有の概念が出てくる点から、適用を受けるにあたっては数多くの注意点がありますが、税制を適切に活用できれば大きな節税効果が期待できます。制度を正しく、最大限に活用するために、ぜひ税理士にご相談ください。