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コラム

適格合併で繰越欠損金を引き継ぐための要件とは

導入

この記事は、グループ企業の組織再編成を計画している企業の経営企画担当者や経理担当者の方に向けて、適格合併で合併法人が被合併法人の有する繰越欠損金を引き継ぐことのできる要件と注意点について解説します。

この記事の結論

この記事の結論は下記のとおりです。

ž 適格合併の場合、一定の要件を満たせば合併法人は被合併法人の未処理欠損金額を引き継ぐことが可能です

ž 適格合併における繰越欠損金の引き継ぎ要件としては、共同事業を行うための合併、みなし共同事業要件、合併事業年度開始日の5年前よりも前から支配関係があること等があります

ž 税負担の減少のみを目的とした経済合理性に欠ける不自然な形で組織再編成を行って繰越欠損金を引き継いだ場合は、法定の引き継ぎ要件を満たしたとしても、法人税法における組織再編成に係る行為計算の否認規定によって繰越欠損金の引き継ぎが認められないリスクがあります 

まずは、「適格合併」及び「繰越欠損金」の意義から解説していきます。

適格合併と繰越欠損金の引き継ぎ

適格合併とは

「適格合併」とは、税制が定めた要件に適合する合併として、下記のいずれかに該当し、かつ被合併法人の株主等に合併法人等の株式以外の資産が交付されないものをいいます(法人税法2条12号の8)。なお、「被合併法人」とは合併により他の法人に資産等を移転した法人を、「合併法人」とは合併により他の法人から資産等の移転を受けた法人をそれぞれ意味します。

ž 被合併法人と合併法人との間に完全支配関係(100%の資本関係など)がある場合の合併

ž 被合併法人と合併法人との間に支配関係(50%超100%未満の資本関係など)がある場合の合併のうち、次の要件の全てに該当するもの
(1)従業者引継要件を満たすこと(被合併法人の従業員のおおむね80%以上が合併法人の営む事業に従事することが見込まれていること)
(2)事業継続要件を満たすこと(被合併法人の主要な事業が合併後に合併法人等において引き続き行われることが見込まれていること)

ž 被合併法人と合併法人との間に支配関係はないものの、共同事業を行うための合併で、次の要件の全てに該当するもの(支配株主はいないものとします)
(1)事業関連性要件を満たすこと(被合併法人の主要な事業と合併法人のいずれかの事業とが相互に関連性を有するものであること)
(2)下記①と②のいずれかを満たすこと
  ①.    事業規模要件(関連事業の売上金額、従業員数、資本金の額等の割合がおおむね5倍を超えないこと)
  ②.    特定役員引継要件(被合併法人の特定役員のうち最低1名と合併法人の特定役員のうち最低1名が合併後に合併法人の特定役員となることが見込まれること)

(3)従業者引継要件を満たすこと

(4)事業継続要件を満たすこと 

適格合併に該当することによって合併法人が受けるメリットは次の2点です。

ž 合併法人は被合併法人の資産を簿価で引き継ぐことができるため、合併に際して法人税の課税が生じない

ž 合併法人は被合併法人において生じていた未処理の繰越欠損金を原則として引き継ぐことができる(引き継ぐことができない場合については後で説明します)

繰越欠損金とは

繰越欠損金とは、過年度において生じた欠損金額(課税所得がマイナスとなった場合の金額)のことをいいます。各事業年度開始の日から10年以内に生じた欠損金額は、原則としてその事業年度に生じた所得の金額の計算上、全部または一部を損金の額に算入することができます(法人税法57条)。

合併法人が繰越欠損金を引き継ぐメリット

合併法人が被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐメリットは、繰越欠損金の損金算入によって課税所得を減らすことができる点にあります。課税所得が減れば法人税額も減らすことが可能です。もっとも、合併による繰越欠損金の引き継ぎを無制限に許すと、多額の繰越欠損金を持つ法人を安値で買い取って自社の課税所得を圧縮するという行為が横行することになるため、次に紹介するような繰越欠損金の引き継ぎ要件が設けられています。

適格合併における繰越欠損金の引き継ぎ要件

繰越欠損金を引き継ぐための要件

適格合併で合併法人が被合併法人の繰越欠損金を引き継ぐためには、次のいずれかの要件を満たす必要があります(法人税法57条3項)。

1 共同事業を行うための合併に該当すること
2 1が充足できない場合、「みなし共同事業要件」を充足すること
3 2が充足できない場合、①合併法人の合併事業年度開始日の5年前にあたる日、もしくは②合併法人の設立日のうちいずれか遅い日から支配関係があること
4 3が充足できない場合、時価純資産超過額が未処理欠損金額を上回ること

みなし共同事業要件とは

みなし共同事業要件は、次のいずれかを満たすことにより充足されます(法人税法施行令102条3項)。

【下記1から6の要件全部】
1 事業関連性要件

2 事業規模要件

3 被合併事業継続要件(被合併事業が、支配関係発生時から適格合併の直前の時まで継続して行われていること)

4 被合併事業規模要件(被合併法人支配関係発生時と適格合併の直前の時における当該被合併事業の規模(事業規模要件での指標)の割合がおおむね2倍を超えないこと)

5 合併事業継続要件(合併事業が、合併法人支配関係発生時から適格合併の直前の時まで継続して行われていること)

6 合併事業規模要件(合併法人支配関係発生時と適格合併の直前の時における当該合併事業の規模(事業規模要件での指標)の割合がおおむね2倍を超えないこと)

上記のうち、3から6までの要件は適格合併の要件にはなかったものです。

【下記1と7の要件全部】
1 事業関連性要件

7 経営参画要件(下記①と②の役員が当該適格合併の後に当該合併法人の特定役員となることが見込まれていること
 ①被合併法人の当該適格合併の前における特定役員(社長、副社長など、法人の経営に従事している者)で、かつ合併法人との間に支配関係を有することとなった日前において当該被合併法人の役員等であつた者

 ②合併法人の当該適格合併の前における特定役員で、かつ、被合併法人との間に支配関係を有することとなった日前において当該合併法人の役員等であつた者)

上記のうち、7の経営参画要件は、適格合併判定における特定役員引き継ぎ要件とは同一ではない点に注意が必要です。

引き継ぎが制限される場合の取り扱い

繰越欠損金の引き継ぎの一部が制限される場合、支配関係が生じた事業年度より前の分については原則として繰越欠損金の引き継ぎが制限され、合併法人が引き継ぎを行うことはできません。

ヤフー事件の影響

ヤフー事件とは

「ヤフー事件」とは、組織再編税制が争点となった著名な事件であり、形式上は適格合併による繰越欠損金の引き継ぎ要件を満たしていたにもかかわらず、法人税法132条の2(組織再編成に係る行為計算の否認)の規定によって繰越欠損金の引き継ぎが認められなかったケースです。判事事項や裁判要旨、および判決全文は裁判所ホームページで公開されています。

参考:裁判所ホームページ 裁判例検索
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=85710

ヤフー事件の特徴は、法令上の要件を満たしている繰越欠損金の引き継ぎに対する法人税法132条の2による否認が最高裁においても支持されたことと、最高裁が法人税法132条の2の条文における「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」の判断指針を示したことにあります。判断指針については、裁判例全文の9頁から10頁に下記のとおり記載されています。

法人の行為又は計算が組織再編成に関する税制(以下「組織再編税制」という。)に係る各規定を租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるものであることをいうと解すべきであり,その濫用の有無の判断に当たっては,①当該法人の行為又は計算が,通常は想定されない組織再編成の手順や方法に基づいたり,実態とは乖離した形式を作出したりするなど,不自然なものであるかどうか,②税負担の減少以外にそのような行為又は計算を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮した上で,当該行為又は計算が,組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって,組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断するのが相当である。

ヤフー事件の影響と教訓

組織再編成に係る行為計算の否認規定が働いたヤフー事件が実務にもたらした影響及び教訓としては、以下のものが挙げられます。

ž 適格合併による繰越欠損金の引き継ぎ要件を満たしていたとしても、それが形式上のものであったり不自然なものであったりする場合は、法人税法132条の2によって繰越欠損金の引き継ぎが否認される恐れがある
ž 形式上は合理的な組織再編成と見せかけていても、社内資料や関連する事象によって、税負担の減少以外に当該組織再編成スキームを採用する理由がないと判断される場合は、上記と同じく法人税法132条の2によって繰越欠損金の引き継ぎが否認される恐れがある
ž 強引な方法や不自然な形で繰越欠損金の引き継ぎ要件を満たすことは危険である。事業上の目的を達成するために経済合理性のある組織再編成スキームを選択した結果として繰越欠損金の引き継ぎができた、という流れであれば、強引・不自然な方法は採用されない

まとめ

以上、適格合併における繰越欠損金の引継要件について、用語の意義や注意点などにも言及しながら解説を行いました。繰越欠損金の引き継ぎを税務調査で否認され、その結論が裁判でも維持されてしまうと、繰越欠損金の引き継ぎによる税負担の減少効果を受けることができなくなります。適格合併で繰越欠損金の引き継ぎを行う場合は、過去の裁判例で示された基準などに照らし合わせて、自社グループが行おうとしている組織再編成に税務リスクがあるか否かについて十分な検討が必要です。