この記事は、「自分の後継者が相続税の負担で苦しまないように、今のうちから相続税の節税方法を検討したい」とお考えの企業経営者の方や、「親が経営する会社を継ぎたいが手元に現金がない。まだ親が現役のうちに少しずつ相続税対策を進めていきたいが、どのような対策を取るべきかがわからない」という後継者の方に向けて、自社株を使った節税方法3選をご紹介するとともに、それぞれの方法の節税効果や留意点などについて詳しく解説します。
自社株を使った節税方法には、①自社株の相続税評価額を下げる方法、②自社株を後継者へ贈与する方法、③自社株を従業員持株会へ譲渡する方法があります。
①の方法は、できる限り配当金額を減らしたり利益を抑えたりして自社株の評価額が低くなるような事業計画等を組む方法です。この方法は自社株の贈与や譲渡を行わずして相続税の節税をできるメリットがある一方、経済的合理性を欠くような行為は税務調査で否認されるリスクがある点に注意が必要です。
②の方法は、自社の後継者がすでに決まっている場合に有効な方法で、相続税対策と後継者への事業承継の準備を一度に行うことができますが、贈与税の基礎控除額の範囲内の贈与であってもそれが連年贈与とみなされた場合は贈与税の追徴を受ける可能性があるため注意が必要です。状況によっては法人版事業承継税制の適用を検討してもよいでしょう。
③の方法は、原則的評価方式による評価額と特例的な評価方式(配当還元方式)による評価額との間に大きな乖離がある場合に特に有効な方法で、相続税の節税と従業員の財産形成の両方を実現することができますが、従業員持株会の運営コストが必要な点と従業員が株主となることによって新たな問題が生じる可能性がある点に留意が必要です。
自社株を使った相続税の節税方法の代表例は次の3つです。
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以下、自社株の大半を所有するオーナー社長に相続が発生した場合の税負担を念頭に、自社株を使ったこれらの節税方法について詳しく解説します。
まずは、自社株の評価額(相続税評価額)を下げることによる節税方法について解説します。自社株の相続税評価額を下げることができれば、相続税の課税価格が減り、よって相続税額を減らすことが可能です。自社株の評価額を下げることによる節税方法のメリットは、自社株の贈与や譲渡を行わずして相続税の節税をできる点にあります。
自社株の相続税評価額の評価方法は、次のステップで判定します。
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まずは、自社株が「取引相場のある株式」に該当するかを判定します。上場企業の場合は証券取引所の終値、気配相場のある株式の場合は当該気配相場という取引相場があるので、これらを元に相続税評価額を判定します。通常の非上場企業の株式は「取引相場のある株式」には該当しないため次のステップに進みます。
取引相場のない株式の場合、株式を取得する人が「同族株主以外の株主等」であれば特例的な評価方式(配当還元方式)で、そうでない場合は原則的評価方式で評価を行います。「同族株主以外の株主等」に該当するか否かについては、「同族株主」の有無や「中心的な同族株主」の有無によって判定方法が異なります。たとえば判定対象会社の株式の90%をオーナー社長P氏が保有している場合においては、P氏の同族関係者(P氏の親族等)が株式を取得する場合、その者は「同族株主以外の株主等」には該当しないため、原則的評価方式によって評価を行います。
株式を取得する人が「同族株主以外の株主等」に該当せず、原則的評価方式で評価を行う場合は、評価対象会社の業種、総資産価額、従業員数、1年間における取引金額によって評価対象会社を大会社、中会社、小会社に区分し、原則として大会社の場合は類似業種比準価額、小会社の場合は1株あたりの純資産価額、中会社の場合は大会社と小会社の折衷方式によって評価を行います。
原則的評価方式で相続税評価額を下げるための方法としては、配当金額を減らす、高収益部門を事業譲渡や会社分割などの方法により切り離す、類似業種の株価が高い事業を事業譲渡する、含み損のある資産の売却などによって会社を赤字にする、従業員数を調整する、といった方法が考えられます。どの方法がよいかは会社の経営状況によって異なりますので、顧問税理士に相談することを推奨します。
相続税評価額を下げる方策を講じ、原則的評価方式による相続税評価額を1,000万円下げることに成功した場合は、最大で550万円の節税効果があります(法定相続分に応ずる取得金額の合計額が6億円を超える場合)。
この方法の留意点としては、上述した相続税評価額を下げるために行った行為が、租税回避のみを目的とした行為とされると、同族会社等の行為または計算の否認等の規定(相続税法第64条)によって相続税額の追徴を受ける可能性がある点が挙げられます。たとえば、類似業種比準方式における業種の割合の変更や、従業員数の調整を行った場合、その変更に経済合理性や経済的実態がなく、単に相続税額を引き下げるために行ったものとされる場合は、それが行われなかったものとして相続税額が課税されるリスクがある点に注意が必要です。どのような行為が問題となるかはケースバイケースですので、会社や会社のオーナーのみで判断せず、税理士に相談の上で対応を決めるとよいでしょう。
2つ目の方法は自社株を後継者へ贈与する方法です。自社株を後継者へ贈与することによって自身が亡くなった際の相続財産(自身が保有する自社株の数)が減ることになります。
自社株の贈与を受けた後継者は、年間で受けた贈与の金額が贈与税の基礎控除額(年110万円)の範囲内であれば税金がかからず自社株を取得することができますが、税務当局に連年贈与であると認定された場合は相続財産に足し戻しされうる点と、相続開始前7年以前に行われた贈与は相続財産に加算(生前贈与加算)される点に留意が必要です。
たとえば、後継者へ贈与した自社株の相続税評価額が1,000万円だとすると、単純計算で法定相続分に応ずる取得金額の合計額(自社株含まず)が2,000万円のときは150万円、10,000万円のときは400万円、60,000万円のときは550万円の節税効果があります。
この方法の留意点として、税務当局に連年贈与であると認定されると相続財産に足し戻しをされる可能性がある点と、相続開始前7年以前に行われた贈与は相続財産に加算(生前贈与加算)される点があります。
「連年贈与」とは、贈与のうち、契約によって贈与年数と総額が決められており、総額を分割払いのような形で毎年贈与される契約のことをいいます。連年贈与においては、総額を分割払いで受け取る権利が確定した年において贈与税が課税されることになるため、たとえば「10年に渡って100万円相当額の自社株を贈与する」との契約を締結した場合は、原則としてその契約した年において1,000万円から110万円(贈与税の基礎控除額)を引いた金額に税率を乗じた金額の贈与税が受贈者(後継者)に課税されることとなります。
参考:国税庁タックスアンサー No.4402 贈与税がかかる場合
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4402_qa.htm
また、相続開始前7年以前に行われた贈与は相続財産に加算(生前贈与加算)される点について、令和5年(2023年)12月31日までに行われた贈与については相続開始前3年以内でした。これが、税制改正によって令和6年(2024年)1月1日以降に行われた贈与については相続開始前7年以内が生前贈与加算の対象になりました。加算対象期間の詳細などについては国税庁の税制改正資料をご参照ください。
参考:国税庁パンフレット 令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-004.pdf
なお、後継者に対する自社株の贈与が法人版事業承継税制の適用を受けて行われるものである場合は、一定の要件の元で、後継者が支払うべき贈与税額の全部または一部の納税が猶予されます。法人版事業承継税制について詳しく知りたい方は、国税庁のパンフレットをご参照ください。
参考:国税庁パンフレット 法人版事業承継税制のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_01.pdf
3つ目の方法は、オーナー社長が保有する自社株の一部を従業員持株会へ譲渡する方法です。譲渡によってオーナー社長が保有する自社株の数が減る(つまり相続財産が減る)ため、相続税の節税につながります。従業員持株会は、多くは民法上の組合として設立されるもので、この場合は従業員持株会が取得した株式は出資に応じて各会員に帰属します。
この方法は相続税の節税だけではなく、譲渡を受けた従業員の財産形成に寄与するというメリットもある一方、従業員持株会の運営が必要になる点や自社の株式を保有したまま退職した元従業員が会社の施策に反対するリスクがある点がデメリットとして挙げられます。
この方法の節税効果について、次の事例に基づいて検討します。
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まず、上記の事例における相続税の基礎控除額は3,600万円で、相続税の速算表における「取得金額3億円超から6億円以下」の場合の税率は50%、控除額は4,200万円であることから、甲氏の子に課せられる相続税額は次のとおり計算します。
(50,000万円 – 3,600万円)× 50% - 4,200万円 = 19,000万円(A)
次に、上記の事例に「甲氏はA社株式の20%を、甲氏が亡くなる1年前に従業員持株会へ適正な価格で譲渡した」という前提を加えます。配当還元方式によって計算した譲渡金額が1,000万円であるとすると、各人の課税価格は41,000万円であり、甲氏の子に課せられる相続税額は次の結果となります。
(41,000万円 – 3,600万円)× 50% - 4,200万円 = 14,500万円(B)
原則的評価方式と配当還元方式との相続税評価額に乖離があるこの事例においては、自社株の2割を従業員持株会へ譲渡することによって相続税額が4,500万円(譲渡をしない場合の相続税額ベースで約24%)減る結果となりました。
従業員持株会へ自社株の譲渡を行うことによる相続税額の節税効果は、原則的評価方式による相続税評価額と配当還元方式による相続税評価額との乖離が大きければ大きいほど高い効果があります。自社株(取引相場のない株式)の相続税評価額は財産評価基本通達178以降の規定に基づいて算定しますが、算定にあたっては多くの要件を考慮する必要があるため、正確な試算が必要な場合は税理士へご依頼なさることをおすすめします。
参考:国税庁ホームページ 財産評価基本通達
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/sisan/hyoka_new/01.htm
この方法の留意点としては、従業員持株会の運営にコストと手間がかかる点と、従業員が退職して当該会社の株主となったあとで、会社の施策に反対したりするリスクがある点が挙げられます。前者については従業員持株会を設置する以上不可避的に生じるものですが、後者については従業員が退職する際に強制的に株式を買い戻す取り決めを行ったり、従業員が取得する株式を議決権のない種類株式(無議決権株式)とするような施策を行うことでリスクを下げることが可能です。具体的な取り決めの内容や、種類株式の発行方法などについては、弁護士や司法書士といった法律の専門家にご相談ください。
以上、自社株を使った節税方法として、①自社株の相続税評価額を下げる方法、②自社株を後継者へ贈与する方法、③自社株を従業員持株会へ譲渡する方法をご紹介した上で、それぞれの方法の概要、節税効果、留意点について解説しました。どの方法がベストかは会社や後継者の状況によって変わりますので、自社やご自身の親族の状況を整理したうえで、お近くの税理士にご相談されることをおすすめします。