移転価格税制は、多国籍企業グループ内の取引が適正な価格で行われることを確保し、税源浸食や利益移転を防ぐために世界各国で導入されています。日本においても1986年に導入され、その後の国際的な税制改革を受けて、文書化制度が整備されました。本記事では、移転価格税制における文書化制度の概要や対象法人、具体的な文書の内容について詳しく解説し、企業が適切に対応するためのポイントを整理します。
移転価格税制は、多国籍企業グループ内の取引価格を適正に保ち、税源浸食や利益移転を防ぐための制度です。日本では、OECDのBEPSプロジェクトを受けて文書化制度が導入され、事業概況報告事項(マスターファイル)、国別報告事項(CbCR)、独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(ローカルファイル)の3つの文書が法定されています。これらの文書は、企業の規模や国外関連取引の内容に応じて作成・提出義務が異なります。適切な対応を行うためには、制度の理解を深め、専門家のサポートを活用しながら準備を進めることが重要です。
「移転価格税制」とは、国際的に行われる企業グループ間取引における取引価格を、独立第三者との間で取引価格と同水準の価格であることを求める税制のことです。移転価格税制は世界各国で導入されており、日本では1986年に導入され、導入以来多くの改正がなされて今日に至っています。
移転価格税制の対象となるのは、法人と国外関連者との間で行われる資産の販売、資産の購入、役務の提供その他の取引(これを「国外関連取引」といいます)であり、「国外関連者」とは、法人との間に50%以上の株式保有関係等や実質的支配関係のある外国法人をいいます。
移転価格税制に係る文書化制度は、OECD(経済協力開発機構)によるBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトの勧告に始まります。日本においては、BEPSプロジェクトの行動計画13(多国籍企業情報の文書化)を踏まえて、2016年度(平成28年度)税制改正により租税特別措置法(以下、「措法」といいます。)が改正され、移転価格税制に係る文書化制度が整備されました。
BEPSプロジェクトにおいて勧告され、日本の税制改正によって制度が整備された文書は次の3つです。
文書 | 日本の税法における規定 |
Master File(マスターファイル) | 事業概況報告事項(措法第66条の4の5) |
Country by Country Report(CbCR) | 国別報告事項(措法第66条の4の5) |
Local File(ローカルファイル) | 独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(措法第66条の4第6項) |
それぞれの文書の概要は追って解説します。
参考:国税庁 移転価格税制に係る文書化制度に関する改正のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/h28iten-kakaku.pdf
参考:国税庁 移転価格税制に関する文書化制度(FAQ)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/kokusai/takokuseki/pdf/04.pdf
マスターファイルは直前会計年度の連結総収入金額が1,000億円以上の多国籍企業グループ(特定多国籍企業グループ)が提出義務化の対象です。したがって、連結総収入金額が1,000億円未満のグループについてはマスターファイルを提出する必要はありません。
マスターファイルは、原則として特定多国籍企業グループの構成者であるすべての内国法人が提出義務を負いますが、特例として、提出義務のある法人のうち一社がe-Taxにより次の情報を提出した場合は、他の内国法人はマスターファイルを提出する必要がなくなります(措法第66条の4の5第2項)。
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実務上は、CbCRを提出する最終親会社(当該企業グループの頂点に立つ法人)がマスターファイルを提出することが一般的です。マスターファイルの提出期限は、最終親会社の会計年度終了の日の翌日から1年以内です。
CbCRの提出が必要となる多国籍企業グループの範囲はマスターファイルと同じであるため、連結総収入金額が1,000億円未満のグループはCbCRを提出する必要はありません。
CbCRは、原則として特定多国籍グループの最終親会社等に該当する法人が提出義務を負います。米国親会社の日本子会社のように、最終親会社等が外国法人の場合は、当該米国親会社が米国の税務当局へ提出したCbCRが租税条約に基づく情報交換によって日本の税務当局が情報を入手できるため(この方式を「条約方式」といいます)、当該日本子会社が日本の税務当局へCbCRを提出する必要はありません。一方、情報交換が使えない場合は、当該日本子会社が日本の税務当局へCbCRを提出する必要があります(この方式を「子会社方式」といいます)。自社が外国親会社の日本子会社である場合は、自社が最終親会社等に該当しなくてもCbCRを提出する必要がある可能性もありますので、詳しくは税務当局の各相談窓口もしくは顧問税理士にご相談ください。
参考:CbCRに関する相談窓口
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/hojin/annai/1607-5.htm
CbCRの提出期限は、マスターファイルの提出期限と同じく最終親会社の会計年度終了の日の翌日から1年以内です。
「最終親会社等」とは、自社の親会社等が存在せず、かつ多国籍企業グループの構成会社等のうち、その企業グループの他の構成会社等の株主総会等を支配しているものとして政令(措法施行令第39条の12の4第5項)で定めるものをいいます。最終親会社等の具体例としては、トヨタグループにおけるトヨタ自動車株式会社や、日立グループにおける株式会社日立製作所が挙げられます。
ローカルファイルは、国外関連者との間で一定の国外関連取引を行った法人がこれを作成・保存する義務を負います。ローカルファイルは、マスターファイルやCbCRのように期限までに毎年提出する文書ではありませんが、一定の国外関連取引については確定申告書の提出期限までに作成・保存した上で、税務調査で求められた際は一定の期間までにこれを提出する必要があります(確定申告書の提出期限までに作成・保存する義務を「同時文書化義務」といいます)。
同時文書化義務の有無は国外関連者ごとに判定を行い、次の少なくとも一方に該当する場合は同時文書化義務が課せられています(前事業年度がない場合は当該事業年度)。
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なお、同時文書化義務がない取引であってもローカルファイルの作成自体が不要となるわけではなく、税務調査で調査官から求められた場合はこれを作成して調査官へ提出する必要があります。
マスターファイルは、企業グループの事業内容・商流・市場・機能リスク等の説明や、グループ企業間で行われる無形資産取引・役務提供取引・金融取引に関する情報や移転価格ポリシーの説明を記載した文書であり、税務当局はこれによってハイレベルな移転価格リスクを把握することができます。
マスターファイルに記載すべき事項のうち主要なものは次のとおりです(以下、「特定多国籍企業グループ」を単に「企業グループ」と略します)。
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実務上、初めて作成するマスターファイルは税理士法人のサポートを受けながら作成し、翌年度以降の年次更新においては自社で数値を更新しつつ、記載事項に重要な変更が生じた場合は改めて税理士法人のサポートを受けて更新することが一般的です。マスターファイルを自社で一から作成する場合は、経済産業省が作成した「マスターファイルの作成に係る実務上の留意点」を参考にするとよいでしょう。
参考:経済産業省 マスターファイルの作成に係る実務上の留意点
https://www.meti.go.jp/policy/external_economy/toshi/kokusaisozei/beps/PDF/2014report_exhibit4.pdf
CbCRは、次の情報を企業グループの構成会社等の事業が行われる国または地域ごとに報告するものです。
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CbCRは、国税庁が定めた様式に従って、CSVファイルまたはXMLファイルで提出する必要があります。CSVまたはXMLで提出するための手順やフォーマットはe-Taxの「多国籍企業情報の報告コーナー」のページに詳しく記載されていますので、こちらに沿って提出作業を進めていきます。
参考:e-Tax 多国籍企業情報の報告コーナー
https://www.e-tax.nta.go.jp/e-taxtp/e-taxtp.htm
実務上は、CbCRもマスターファイルと同じく作成初年度は税理士法人のサポートを受けながら作成と提出を行い、翌年度以降は自社で数字の更新をして提出することが一般的です。
ローカルファイルは、国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類であり、具体的には次の情報を記載する必要があります。
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ローカルファイルは国外関連取引を行った法人が作成する書類であり、売上高や親会社の存在などの理由による文書化の免除規定は存在しないことから、自社が最終親会社等に該当しない場合や、あるいは自社が所属する企業グループの連結売上高が1,000億円未満の場合であっても、BEPS3文書のうちローカルファイルだけは作成する必要がある点にご注意ください。
実務上、初めて作成するローカルファイルは税理士法人のサポートを受けながら作成し、翌年度以降の年次更新においては自社で数値を更新しつつ、ベンチマーク分析の更新のみを切り出して税理士法人へ委託することが一般的です。その上で、関連当事者の機能リスクや取引する資産の内容に重要な変更が生じた場合は、税理士法人のサポートを受けてこれらの記載を見直すとともに、再度ベンチマーク分析を実施することが一般的です。
移転価格税制に係る文書化制度は、多国籍企業グループにおける取引の適正性を確保し、税務当局の監視を強化するために導入されました。マスターファイル、CbCR、ローカルファイルの3つの文書は、それぞれ異なる視点から移転価格リスクを評価するために必要とされます。特に、ローカルファイルは国外関連取引を行う法人に広く義務付けられており、適切な作成と管理が求められます。企業は、税務リスクを最小限に抑えるため、最新の法規制を踏まえた適切な対応を行うことが重要です。