近年、スタートアップへの投資を促進する制度としてエンジェル税制への関心が高まっています。エンジェル税制とは、個人投資家が一定の要件を満たす特定中小会社等(ベンチャー企業)へ出資した場合、投資額に応じた所得控除や株式売却時の譲渡損失に関する優遇措置を受けられる制度です。
エンジェル税制の適用を受けるためには、投資先の会社が定められた企業要件を満たしていることに加え、投資家自身も一定の個人要件を満たしている必要があります。要件を正しく理解しないまま投資を行うと、後になって優遇措置の適用を受けられないという事態にもなりかねません。
本記事では、エンジェル税制の全体像を整理したうえで、投資先企業(対象会社)が満たすべき要件と、個人投資家が満たすべき要件について詳しく解説します。あわせて、令和7年度税制改正によって新たに設けられた繰戻し還付制度など、確定申告における実務上の留意点もご紹介します。
エンジェル税制は、対象会社(特定中小会社等)に投資した個人投資家に対して、投資時点および株式売却時点でそれぞれ税制上の優遇措置を認める制度です(租税特別措置法37条の13他。以下、租税特別措置法を「措置法」と略します)。優遇措置には、設立から間もない中小企業へ投資した場合に投資額をその年の総所得金額から控除できる「優遇措置A」と、より成長段階にある企業へ投資した場合に投資額をその年の株式譲渡益から控除できる「優遇措置B」があり、それぞれ対象会社の要件(設立経過年数や研究開発費比率など)が異なります。
対象会社の要件を満たすだけでなく、投資家側にも、投資先の同族株主グループに属さないことや、金銭の払込みにより株式を取得していることなど、共通して満たすべき要件があります。
この税制の適用を受けるためには、投資先企業が都道府県から交付を受ける「確認書」の添付など、確定申告時の手続きも忘れず対応する必要があります。また、令和7年度税制改正により、令和8年1月1日以後に株式を取得する場合には繰戻し還付制度が創設されるなど、実務上の取り扱いにも変化が生じている点にも注意が必要です。
エンジェル税制は、リスクを取って成長期待の高いスタートアップへ資金を投じる個人投資家を税制面から支援することにより日本におけるベンチャー投資を活性化させることを目的とした税制です。この税制によって、個人投資家がスタートアップやベンチャー企業といった中小企業のうち、特定中小会社、特定株式会社、及び特定新規中小会社(以下、これらを併せて「特定中小会社等」といいます。)へ投資を行った場合は、税制上の優遇措置を受けることができます(措置法37条の13、37条の13の2、37条の13の3、及び41条の18の4)。
特定中小会社等に該当するかどうかは、中小企業等経営強化法6条に規定する特定新規中小企業者に該当する株式会社であることや、設立の日以後の経過年数、中小企業基本法2条1項に定める中小企業者に該当することなど、いくつかの要件によって判定されます。なお、「特定中小会社」に該当する法人としては、通常の株式会社のほか、沖縄振興特別措置法57条の2第1項に規定する指定会社(平成26年4月1日から令和9年3月31日までの間に指定を受けたもの)も含まれるなど、細かな類型が設けられています。
エンジェル税制の優遇措置は、投資を行った時点で受けられるものと、株式を売却した時点で受けられるものの大きく2つに分かれます。前者の優遇措置の一覧は次のとおりです。
| 優遇措置 | 根拠条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 優遇措置A (特定新規株式) | 措置法41条の18の4 | 特定新規中小会社が発行した株式の取得に要した金額から2,000円を引いた金額を総所得金額から控除する (控除上限は、800万円と総所得金額×40%のいずれか低い額) |
優遇措置B (特定株式) | 措置法37条の13 | 特定中小会社が発行した株式の取得に要した金額を株式譲渡益から控除する(上限なし) |
| 起業特例 (設立特定株式) | 措置法37条の13の2 | 特定株式会社が発行した株式の取得に要した金額を株式譲渡益等から控除する(上限あり) |
投資を行った時点で受けられる優遇措置のうち、特定新規中小会社が発行した株式(特定新規株式)の取得に要した金額を寄附金控除として総所得金額から控除できる特例(優遇措置A)は措置法41条の18の4に、特定中小会社が発行した株式(特定株式)の取得に要した金額を一般株式等または上場株式等に係る譲渡所得等の金額の計算上控除できる特例(優遇措置B)は同法37条の13に、それぞれ規定されています。また、特定株式会社が設立の際に発行する株式(設立特定株式)の取得に要した金額を株式譲渡所得等の金額から控除できる特例(起業特例)は同法37条の13の2に規定されています。
一方、株式を売却した時点で受けられる優遇措置としては、特定株式の売却により生じた損失について、他の株式等の譲渡所得等の金額から控除する損益通算の特例や、控除しきれない損失を翌年以後3年間繰り越して控除できる特例があります。さらに、投資先企業が解散・清算したことなどにより株式が無価値になった場合には、当該株式を譲渡したものとみなして、これらの損失に関する特例を適用することができます。これらはいずれも措置法37条の13の3を根拠としています。
エンジェル税制の概要と譲渡損失の取り扱いについては、国税庁のタックスアンサーも合わせてご参照ください。
参考:国税庁タックスアンサー No.1544 エンジェル税制の概要等
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1544.htm
参考:国税庁タックスアンサー No.1532 特定投資株式に係る譲渡損失の損益の計算の特例https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1532.htm
以下、対象会社(投資先企業)が満たすべき要件と、投資家(個人)が満たすべき要件をそれぞれ詳しく見ていきます。
エンジェル税制の適用を受けるためには、投資先企業が払込みを受けた日(事前確認を受ける場合はその申請日)の時点で、一定の要件を満たしている必要があります。
まず、優遇措置A、優遇措置B、及び起業特例に共通の要件は次のとおりです。これらの要件をすべて満たさない限りはエンジェル税制の適用対象会社となることはできません。
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以下、それぞれに固有の要件を見ていきましょう。
優遇措置Aの適用要件は次のとおりです。
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設立経過年数(事業年度)ごとの要件及び要件一覧は次表のとおりです。
| 設立経過年数(事業年度) | 要件 |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を未経過 | ①及び② |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を経過 | ①及び③、または③及び④ |
| 設立年数1年以上~2年未満 | ①及び③、または③及び④、または③及び⑥ |
| 設立年数2年以上~3年未満 | ③及び④、または③及び⑥ |
| 設立年数3年以上~5年未満 | ③及び④ |
要件一覧
| 番号 | 要件 |
| ① | 常勤研究者または新事業活動従事者が2名以上かつ常勤役員従業員の10%以上であること |
| ② | 事業の将来の成長発展に向けた事業計画を有すること |
| ③ | 直前期までの営業キャッシュ・フローがすべて赤字であること |
| ④ | 試験研究費等が収入金額の5%超であること |
| ⑤ | 試験研究費等が収入金額の3%超であること |
| ⑥ | 売上高成長率が25%超であること |
| ⑦ | 事業の将来の成長発展に向けた事業計画を有すること(販管費等の対出資金比率が30%超の見込み) |
| ⑧ | 販管費等の対出資金比率が30%超であること |
たとえば、「設立年数1年未満かつ最初の事業年度を経過」の企業の場合は、「直前期までの営業キャッシュ・フローがすべて赤字」であり、かつ「常勤研究者または新事業活動従事者が2名以上かつ常勤役員従業員の10%以上」もしくは「試験研究費等が収入金額の5%超」のいずれかを満たせば、優遇措置Aの適用要件を充足します。
優遇措置Bの適用要件は次のとおりです。
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設立経過年数(事業年度)ごとの要件は次表のとおりです。
| 設立経過年数(事業年度) | 要件 |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を未経過 | ① |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を経過 | ①または⑤ |
| 設立年数1年以上~2年未満 | ①または⑤または⑥ |
| 設立年数2年以上~3年未満 | ⑤または⑥ |
| 設立年数3年以上~5年未満 | ⑤または⑥ |
| 設立年数5年以上~10年未満 | ④ |
たとえば、「設立年数3年以上~5年未満」の企業の場合は、「試験研究費等が収入金額の3%超」または「売上高成長率が25%超」のいずれかの要件を満たすことにより、優遇措置Bの適用要件を充足します。
より詳細な要件については、経済産業省及び東京都のホームページをご参照ください。
参考:経済産業省 エンジェル税制に対する措置
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/angeltax/investment.html
参考:東京都産業労働局 エンジェル税制のご案内
https://angel-tax.metro.tokyo.lg.jp/structure.php
起業特例の適用要件は次のとおりです。
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設立経過年数(事業年度)ごとの要件は次表のとおりです。
| 設立経過年数(事業年度) | 要件 |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を未経過 | ①及び⑦ |
| 設立年数1年未満かつ最初の事業年度を経過 (原則的取り扱い) | ①及び⑧、または⑤及び⑧ |
より詳細な要件については、経済産業省及び東京都のホームページをご参照ください。
参考:経済産業省 起業に対する措置
https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/angeltax/startup.html
参考:東京都産業労働局 エンジェル税制のご案内 起業特例とは
https://angel-tax.metro.tokyo.lg.jp/spcase.php
なお、これらの企業のうち、設立から間もない赤字段階(プレシード・シード期)にある企業に対しては、外部資本比率要件が6分の1以上から20分の1以上に緩和されるなどの「プレシード・シード特例」が用意されています。プレシード・シード特例の具体的な要件については、別記事にて詳しく解説しますので、そちらをご参照ください。
対象会社の要件を満たしていたとしても、投資家自身が一定の要件を満たしていなければエンジェル税制の適用を受けることはできません。以下、エンジェル税制の適用を受けるために投資家が満たすべき要件の概要を解説します。
まず、投資先のスタートアップが同族会社である場合、持株割合が大きい株主グループから順に第3位まで持株割合を加算していき、その割合が初めて50%を超える時点における株主グループに属していないことが必要です(措置法37条の13第1項、41条の18の4第1項)。いわゆる創業者一族などの同族株主グループに属する場合は、原則としてエンジェル税制の適用を受けることができません。
次に、投資した会社に自らが営んでいた事業の全部を承継させた個人およびその親族等に該当しないことが必要です。これは、いわゆる法人成りのように、自身の個人事業を会社化した場合の株式取得を優遇措置の対象から除外する趣旨の要件です。
さらに、金銭の払込みにより企業が新規に発行した株式を取得していることも要件とされています。既発行株式の取得、現物出資による取得や、いわゆるストック・オプション税制の適用を受ける新株予約権の行使による取得は、エンジェル税制の対象になりません(措置法37条の13第1項)。
起業特例の投資家要件は次のとおりです。
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起業特例の適用を受けるにあたっては、投資家要件を会社成立の日に、企業要件を会社設立年の12月31日時点で満たすことが必要です。
投資家がエンジェル税制の適用を受けるためには、投資家の確定申告書にその旨を記載し、投資先企業を通じて交付を受けた一定の証明書類を添付する必要があります。
具体的には、投資先企業がまず都道府県に対してエンジェル税制の適用対象企業であることや投資が行われた事実について確認申請を行い、都道府県から交付された確認書を投資家へ送付します。投資家は、この確認書を確定申告の際に税務署へ提出することで、優遇措置の適用を受けることができます。
なお、経済産業大臣の認定を受けた投資事業有限責任組合(LPS)経由の投資や、認定少額電子募集取扱業者(ECF)の株式投資型クラウドファンディングを通じた投資の場合は、都道府県への確認申請が不要となるなど、手続きの一部が簡略化されています。
令和7年度税制改正では、エンジェル税制についていくつかの見直しが行われました。見直し後の税制は、令和8年1月1日以後に取得する株式から適用されます。
この税制改正のポイントの1点目は、繰戻し還付制度の創設です。従来、優遇措置Bや起業特例の税務メリットを享受するためには株式譲渡益が発生した年と同じ年に特定株式等の取得を行う必要がありましたが、必ずしも譲渡益発生年に投資機会があるとは限りません。そこで、保有株式を譲渡した後、翌年末までに特定株式等の取得を行った場合には、その取得年において生じた特定株式控除未済額について譲渡益が発生した年に遡って投資額相当額を譲渡益から控除できる制度(繰戻し還付制度)が新設されました。この制度の適用を受けるためには、スタートアップへの投資を行う前年に発生した株式譲渡益について確定申告を行っていることが前提となります。
2点目は、再投資非課税措置の適正化です。制度の健全な利用を図る観点から、株式を取得した年の翌年末までの保有期間が設定され、この保有期間内に譲渡した場合には取得価額の調整計算が必要となる仕組みが整備されました。
これらの改正により、株式の売却タイミングと再投資のタイミングにずれが生じた場合でも柔軟に優遇措置を活用しやすくなった一方、還付請求のための確定申告手続きが必要になるなど、実務上のフォローが求められる場面も増えています。
エンジェル税制は、個人投資家によるスタートアップへの投資を後押しする有力な税制優遇措置ですが、その適用を受けるためには、投資先企業(対象会社)が優遇措置A・優遇措置B・起業特例のそれぞれで定められた企業要件を満たしていることに加え、投資家自身も同族株主要件をはじめとする個人要件を満たしている必要があります。
また、確定申告にあたっては都道府県から交付を受けた確認書の添付が必須であり、令和7年度税制改正によって繰戻し還付制度が創設されるなど、実務上押さえておくべきポイントも増えています。
「投資を検討しているスタートアップがエンジェル税制の対象になるか知りたい」「確定申告の手続きに不安がある」といったお悩みをお持ちの方は、ぜひお近くの税理士にご相談ください。