近年、相続税対策として生前贈与を検討する方が増えています。特に2023年度の税制改正により、生前贈与加算の対象期間が延長され、相続時精算課税制度にも変更が加えられたことで、その影響について関心が高まっています。
生前贈与加算は、いわゆる駆け込み贈与による相続税の回避を防ぐための制度であり、適切に理解していないと思わぬ税負担が発生する可能性があります。本記事では、生前贈与加算の基本的な仕組みと、2023年度の税制改正による変更点、そして新しい相続時精算課税制度を踏まえた暦年贈与と相続時精算課税のメリット・デメリットについて詳しく解説します。
2023年度の税制改正により、相続税対策としての生前贈与のあり方が大きく変わりました。特に重要な変更点は二つです。
一つ目は、生前贈与加算の対象期間が従来の3年から7年に延長されたことです。これは、相続開始前7年以内に行われた贈与が相続財産に加算されることになり、駆け込み贈与による相続税対策が難しくなったことを意味します。ただし、延長された4年間の贈与については、総額100万円の控除が適用されます。二つ目は、相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が創設されたことです。これにより、年間110万円までの贈与であれば、相続時精算課税制度を利用しても贈与税の申告が不要となり、利便性が大幅に向上しました。
これらの改正を踏まえると、少額の贈与を簡便的に行いたい場合は暦年贈与の方が、まとまった金銭を一度に贈与したい場合や将来の値上がりが期待できる資産を贈与したい場合は相続時精算課税制度の方が一般的には適しているといえます。
しかし、暦年贈与には連年贈与や名義預金とみなされるリスクがあり、相続時精算課税を選択すると暦年贈与に戻れないといったデメリットも存在します。個々の状況によって最適な選択は異なるため、相続税対策を検討する際は、これらの変更点を踏まえ、税理士などの専門家にご相談いただくことをお勧めします。
生前贈与加算とは、相続または遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前7年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合に、贈与により取得した財産を、原則として相続税の課税価格に算入する制度のことです(相続税法19条)。
たとえば、Aの子であるBが、2024年にAから現金90万円の贈与を受けた場合において、2025年にAが亡くなってBがAの財産を取得するときは、当該90万円は当該相続における相続税の課税価格に算入されます。なお、Bが受けた贈与が贈与税の基礎控除額(年110万円)を超えることにより贈与税を納付していたときは、相続税の計算上、当該贈与税は控除されます(二重課税とはなりません)。
この制度があるのは、駆け込み贈与による相続税の回避を防止するためです。贈与税には基礎控除額があるため、何の制度も設けないと、相続の発生が近いことを予期してこの範囲内で贈与を行い、相続発生時における相続財産の課税価格を減らすという行為が一般化してしまいます。そこで、贈与税の基礎控除額内の贈与であったとしても、相続の開始前7年以内に行われた贈与については相続税を課税できるよう制度が導入されています。
生前贈与加算はすべての財産に適用されるわけではなく、たとえば特定贈与財産はこの生前贈与加算の制度から除外されています。「特定贈与財産」とは、被相続人と相続人の婚姻期間が20年以上である場合に、当該被相続人からの贈与により当該被相続人の配偶者が取得した居住用不動産または居住用不動産を取得するための金銭のうち一定のものをいいます。たとえば、1980年に結婚したAとCについて、2024年にAが所有する自宅をCに贈与し、その翌年にAが亡くなった場合、この自宅の贈与は「相続の開始前7年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得した」場合に該当するものの、相続税法の規定により生前贈与加算の適用からは除外されています。なお、2024年の贈与時においては、贈与税の配偶者控除の規定により、2024年分の贈与税については課税価格から2,000万円が控除された金額について贈与税が課税されます(相続税法21条の6)。
生前贈与加算の年数が7年となったのは最近で、2023年度税制改正前は3年でした。税制改正により、2024年1月1日以降に行われた贈与から改正後の規定が適用されます(2024年1月1日以降に発生した相続ではありません)。
税制改正が行われてから3年間(2024年1月1日から2026年12月31日まで)に行われた贈与と相続が発生した場合は、改正前も生前贈与加算の対象であったため、改正の実質的な影響が出てくるのは2027年以降に相続が発生した場合です。具体的な影響の範囲は次の表のとおりです。
表の出典:国税庁 令和5年度相続税及び贈与税の税制改正のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-004.pdf
なお、生前贈与加算によって相続税の課税価格に算入される財産のうち当該相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産については、総額から100万円を控除することができます(相続税法19条1項)。「当該相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産」とは、要するに税制改正によって延長された4年間に行われた贈与にかかる財産のことを意味します。100万円の控除は、毎年100万円ではなく、総額100万円である点にもご注意ください。
以上、生前贈与加算の基本と2023年度税制改正による影響について解説しました。次に、同じく2023年度税制改正で改正された相続時精算課税制度について解説します。
相続時精算課税制度は、一定の贈与について累計2,500万円までの特別控除額を設ける代わりに、相続が発生した際の相続税の課税価格に当該財産の贈与時の価額を算入する制度です。ここでいう「一定の贈与」とは、原則として60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の直系卑属(子または孫など)に対するものをいいます。
たとえば、2020年に65歳の父から35歳の子が現金1,610万円の贈与を受けた場合を考えてみます。相続時精算課税制度の選択をしない場合、子は1,610万円から110万円(基礎控除額)を引いた金額に贈与税率を乗じた贈与税額、すなわち410万円を税務署へ納付する必要があります(特例贈与財産用の特例税率を適用して計算した金額です)。子は1,610万円の贈与を受けたとしても、410万円を納税する必要があるため、結果として自由に使うことができるお金は1,200万円しか残りません。
一方、相続時精算課税制度の選択をする場合、2,500万円の特別控除額を使うと贈与税の納税額は0円になるため、贈与を受けた1,610万円全額を自由に使うことができます。
これだけだと相続時精算課税制度のほうが有利に見えますが、相続時精算課税制度を選択する場合は相続時に1,610万円を相続税の課税価額に算入する必要がある一方、選択しない場合は生前贈与加算の適用を受けなければ相続税の課税を受けることはありません。このことについて、国税庁は「相続時精算課税の制度は、贈与税・相続税を通じた課税が行われる制度です」と説明しています。
出典:国税庁タックスアンサー No.4103 相続時精算課税の選択
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm
2023年度税制改正前における相続時精算課税制度を選択するデメリットとしては、相続時精算課税制度の選択をすると年110万円の贈与税の基礎控除額を使うことができなくなる点や、選択後は少額(たとえば5万円)の贈与であったとしても贈与税の申告書を提出する必要がある点が挙げられます。
これらの点に関する税制改正の内容について次のセクションで解説します。
2023年度税制改正により、相続時精算課税に係る基礎控除額110万円が創設されました。この基礎控除額は暦年課税における基礎控除額とは別物ではありますが、年間の控除額は同一です(贈与税に係る基礎控除については相続税法21条の5及び租税特別措置法70条の2の4、相続時精算課税に係る基礎控除については相続税法21条の11の2及び租税特別措置法70条の3の2にそれぞれ規定されています)。
相続時精算課税制度で基礎控除が創設されることにより、相続時精算課税制度のデメリットのうち基礎控除額がないことに起因する点が解消することから、相続時精算課税制度はこれまでよりも使い勝手が良い制度となりました。
以上、相続時精算課税制度について、2023年度税制改正による影響を中心に解説しました。この記事の最後に、2023年度税制改正を踏まえて、暦年贈与を相続時精算課税のどちらを選択すべきかについて、それぞれのメリット・デメリットを踏まえて解説します。
暦年贈与と相続時精算課税の主なメリットは次のとおりです。
暦年贈与 |
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相続時精算課税 |
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一方、暦年贈与と相続時精算課税の主なデメリットは次のとおりです。
暦年贈与 |
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相続時精算課税 |
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これらを総合すると、「少額の資産を簡単に贈与したい」という場合は暦年贈与、「ある程度まとまった現金を子に贈与したい」という場合は相続時精算課税がおすすめだといえますが、実際にどちらが有利かは個々人の状況によります。この記事の記載は参考程度にとどめ、実際の判断にあたっては必ず税理士にご相談ください。
以上、生前贈与加算および相続時精算課税制度の基本的な仕組みを紹介した上で、2023年度の税制改正による変更点を踏まえた暦年贈与と相続時精算課税のメリット・デメリットを解説しました。
2023年度の税制改正により、生前贈与加算の期間延長や相続時精算課税制度の基礎控除創設など、贈与と相続に関する制度が大きく変わりました。これらの改正は、相続税対策の計画に大きな影響を与えるため、ご自身の状況に合わせて最適な選択をすることが重要です。ぜひお近くの税理士にご相談ください。