振込手数料は都度支払う額は少額ながらも、どの事業者にとっても支出をする機会の多い経費のひとつです。
これまで当たり前のように支払手数料として課税仕入又は売上値引きとして対価の返還の会計処理を行ってきた振込手数料は、インボイス制度開始以後はどのような取り扱いとなるのでしょうか。
振込手数料は、その契約や慣習により、売り手側が負担をする場合と、買手側が負担する場合があります。インボイス制度導入以後には、取り扱いの方法により、インボイスの発行及び保存の必要性の有無が異なります。
まずは売り手側が負担する振込手数料の取り扱いについてご紹介致します。売り手側が負担する振込手数料は、売り手側が売上値引きとして取り扱うか、支払手数料として取り扱うかによって、インボイス制度に則した処理が異なります。
売上値引きを売り手側が行う場合は、原則として買い手である課税事業者に対して適格返還請求書を交付する義務が課されています。
適格返還請求書には、売上に係る対価の返還等の基となる課税資産の譲渡等に係る資産又は役務の内容等、適格請求書と同様に取引内容の詳細について記載をする必要があります。
しかし、令和5年度の税制改正により、売上に係る対価の返還等に係る税込価格が1万円以下である場合は、その適格返還請求書の交付義務が免除になりました。
つまり、おおむね1,000円未満である一般的な振込手数料について、売上値引きとして取り扱いを行う場合、適格返還請求書を交付する必要はありません。
適格返還請求書の交付をせず、課税売上のマイナスと同様の取り扱いとなるため、消費税の負担が増えることもありません。
売り手が負担する振込手数料を支払手数料である課税仕入として処理している場合は、適格返還請求書の交付の対象とはなりません。
しかしながら、支払手数料として仕入税額控除を行うためには、原則として金融機関や取引先からの支払手数料に係る適格請求書が必要となります。これは次項でご紹介致します買い手側が負担する振込手数料と同様の取り扱いです。なお、買い手が売り手のために振込手数料を立て替え払いし、買い手名義の適格請求書を受け取っている場合は、当該適格請求書とともに立替金請求書の交付を受ける必要があります。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問29
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/29.pdf
しかしながら、売り手側は、売り手が負担する振込手数料を、会計上は支払手数料として処理し、消費税法上は対価の返還等として課税売上のマイナスと同様に取り扱うことができます。課税売上のマイナスと同様に取り扱う場合には、上記の売上値引きと同様に会計上の支払手数料について適格請求書の保存は必要ありません。
消費税法上、売上値引きとして処理する場合には、適格請求書は必要ありませんが、対価の返還等の元となった適用税率による必要があるほか、帳簿に対価の返還等に係る事項を記載し、保存することが必要です。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問30
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/30.pdf
買手側が負担する振込手数料に対して仕入税額控除を行うためには、原則として金融機関や取引先からの支払手数料に係る適格請求書が必要です。
しかしながら、基準期間の課税売上が1億円以下または1年前の上半期の課税売上が5,000万円以下の事業者においては、少額特例として、令和5年10月1日から令和11年9月30日の期間に限り、1万円未満の課税仕入について、適格請求書の保存が無い場合においても、帳簿の保存のみで仕入税額控除が出来ます。
よって、上記要件に合致する中小事業者は、おおむね1,000円未満である一般的な振込手数料については、次項でご紹介致します支払いの方法の種類によらず、適格請求書の保存無しに、仕入税額控除として取り扱うことが出来ます。
参考:国税庁ホームページ 少額特例の概要
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/shohi/kaisei/202304/02.htm
基準期間の課税売上が1億円以下または1年前の上半期の課税売上が5,000万円以下の中小事業者には、事業者全体の約90%が該当をするといわれています。
現状の課税事業者に限定をしても、約75%が該当をするといわれているため、実に多くの事業者が、インボイス制度開始以後6年間は、振込手数料を適格請求書の保存無しに、仕入税額控除として取り扱うことが出来ます。
振込手数料に限らず、1万円未満の課税仕入が対象となるため、インボイス制度開始以後の中小事業者の事務負担の増加が、この少額特例の適用により緩和されることが期待されます。
中小事業者以外は、支払の方法の種類によって、振込手数料を仕入税額控除として取り扱うことが出来る要件が異なるため、留意が必要です。
銀行窓口での振込みの場合、振込手数料について仕入税額控除を行うためには、原則のインボイス制度の適用要件の通り適格請求書の保存が必要です。
振込の際には、銀行が従来の振込依頼書の控え等に代えてインボイス制度の開始以後は適格請求書を交付するため、それを受取り適切に保存することで、振込手数料を仕入税額控除の対象とすることが出来ます。
なお、銀行窓口で支払った際の振込手数料に係る適格簡易請求書はすべて保存するのが原則ですが、金融機関における振込みが多頻度にわたるなどの事情により、全ての振込手数料に係る適格簡易請求書の保存が困難なときは、金融機関ごとに発行を受けた通帳や入出金明細などと、当該金融機関における任意の振込に係る適格簡易請求書を合わせて保存することで、仕入税額控除を行うことができます。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問103-2
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/103-2.pdf
銀行ATMで支払う場合、その設置場所が銀行窓口に隣接しているものであっても、上記の窓口で支払う場合とは取り扱いが異なります。
銀行ATMは、自販機特例と一般的に呼ばれている適格請求書の交付義務の免除の対象となります。
この特例は、3万円未満の自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等は、適格請求書の保存が無い場合においても、帳簿の保存のみで仕入税額控除が出来るというものです。
自動販売機及び自動サービス機により行われる商品の販売等は、自動販売機による飲食料品の販売、コインロッカーやコインランドリー等によるサービス、金融機関のATMによる手数料を対価とする入出金サービスや振込サービスが該当します。
よって、おおむね1,000円未満である一般的な振込手数料については、この自販機特例の通り、適格請求書の保存無しに、仕入税額控除として取り扱うことが出来ます。
なお、インボイス制度開始当初は帳簿への記載要件の一つに「ATMの所在地」がありましたが、令和6年度税制改正大綱によってインボイス制度開始時(2023年10月1日)からこの記載が不要となりました。
参考:令和6年度税制改正の大綱について(インボイス関連)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/invoice_0023012-213.htm
銀行の窓口やATMに赴かず、インターネットバンキングで支払う場合、振込手数料について仕入税額控除を行うためには、原則のインボイス制度の適用要件の通り適格請求書の保存が必要です。上記の自販機特例の対象外の取り扱いとなります。
インターネットバンキングで振込を行った際の振込手数料等について、電子データで適格簡易請求書が交付される場合は、当該データをダウンロードして保存するのが原則です。しかしながら、振込手数料等の支払いが繰り返し行われている場合で、適格簡易請求書の電子データがインターネットバンキングで随時確認可能であれば、ダウンロードして保存しなくても仕入税額控除の適用を受けることができます。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問103-2
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/103-2.pdf
上記のように、インボイス制度の開始以後は、振込手数料を仕入税額控除の対象とするためには、売り手側と買い手側のどちらが負担をするか、並びに選択をする会計処理方法や支払方法によって、適格請求書の交付及び保存の義務が異なります。
適切な交付及び保存を行わない場合には、振込手数料を仕入税額控除の対象とすることが出来ず、納付すべき消費税額が増加してしまうため、交付及び保存の義務については、売り手側と買い手側が双方に理解をする必要があります。
交付及び保存の義務の理解を深めながら、どのような方法が自社にとって負担が少ないか、インボイス開始までの期間に、しっかりと自社の業務フローを定めておくことが必要です。
インボイス制度についてご不明な点がございましたら、お気軽に弊社にご相談ください。