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事業承継の失敗の原因とは?失敗のケースと問題点を解説

現在の日本では中小企業経営者の高齢化が進み、その対策として「事業承継」が奨励されています。たしかに事業承継には、経営資産やノウハウの散逸を防げるだけでなく、経営者が売却代金を得ることができるなどのメリットがありますが、その一方で、その企業にあった適切な手法を選ぶ必要がある、時間やコストがかかる、周囲の協力が必要といった問題点もあるため、対策を間違えると失敗してしまうことも少なくありません。

この記事では、事業承継の概要や種類の他、失敗の原因や失敗しないためのポイントについて紹介いたします。

中小企業の現状と事業承継の進まない理由

最近においては事業承継の必要性が社会的問題としてクローズアップされていますが、その背景には深刻な後継者不足があります。しかし、統計によると事業承継を前向きにとらえている企業の数は予想外に少なく、また、経営者や後継者の問題意識の低さが事業承継の失敗の遠因ともなっています。

中小企業の事業承継の状況

中小企業庁は令和5年3月30日に「令和4年中小企業実態基本調査」(2021年度決算実績)の速報(要旨)を発表しましたが、それによれば、全体で61.2%が60歳以上となっており、経営者の高齢化が進んでいることがわかります。また、とくに不動産業、物品賃貸業における高齢化は最も著しく60歳以上が73.2%を占めています。

また、事業承継の意向については、「何らかの方法での事業承継を考えている」33.1%に対して、「現在の事業を継続するつもりはない」24.0%、「今はまだ事業承継を考えていない」41.3%となり、6割以上の方が自分の代での廃業を検討、もしくは事業承継について考えていないという結果となっています。

事業承継の進まない理由

現在、中小企業庁では、「事業承継ガイドライン」を公表し、事業承継を推進していますが、以上の結果から、実際にはあまり進んでいないということがわかります。

事業承継が進まないことの原因の一つとして、予定後継者による承継の拒否があげられますが、その理由としては、「自分に実力がない」、「事業に魅力を感じない」などが大きな割合を占めています。

<後継者候補が事業を継ぐことに前向きでない理由>

  • 自身の能力の不足 57.6%

  • 事業の将来性の不安 40.4%

  • 現在の仕事への関心 28.6%

  • プライべートとの両立が難しい 21.6%

  • 家族の都合 21.6%

  • 雇われる方がメリットが大きい 18.6%

また、その他の事業承継が進まない理由に「事業承継の取組みを先送りにしてしまう」ということもありますが、その原因としては「日々の経営で精一杯で余力がない」、「何から始めればよいかわからない」、「誰に相談すればよいのかわからない」等が回答されており、事業承継に取り組むにはこれらの課題の解決が必要ということがわかります。

参照:中小企業白書2019
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/2019/html/b2_2_2_6.html

事業承継の種類

事業承継は、相続や株式・事業の売却により、現経営者から子供、従業員、第三者へと経営を引き継ぐことをいいます。しかし、そのすべてがうまくいくわけではなく、事業承継がうまくできずに終わってしまうこともあります。事業承継の失敗には、その種類に応じた以下のような原因があります。

中小企業庁の事業承継ガイドラインでは、事業承継をその状況に応じて「親族内承継」、「従業員承継」、「社外への引継ぎ(M&A)」の3類型に区分しています。

親族内承継

「親族内承継」とは、現経営者の子をはじめとした親族に事業を承継させる方法です。

承継に関する指導を直接することができる、内外の関係者の理解を得やすい、準備期間を確保しやすいなどの特徴があります。

従業員承継

「従業員承継」とは、親族以外の役員・従業員に事業を承継させる方法です。

従業員承継には、経営方針を引き継ぎやすい、承継後の事業をスムーズに進めることができるなどの特徴があります。

M&A

社外への引継ぎ(M&A)は、株式譲渡や事業譲渡等により社外の第三者に経営を引き継がせることをいいます。

親族や社内に適任者がいない場合でも候補者を外部に求められる、さまざまな手法が活用できるなどの特徴があります。

事業承継の失敗の原因について

事業承継ではさまざまな問題が発生する可能性があり、これが原因で事業承継そのものに失敗してしまうことも少なくありません。また、その理由も親族承継に特有なものや従業員承継に多いものなど、承継の形態によっても異なります。

ここでは、主な事業承継の失敗の原因について解説いたします。

親族承継や従業員承継にに多い失敗原因

① 身内内の相続問題が解決できず、経営に必要な株式を取得できない

身内に複数の相続人がいる場合、経営に必要な株式を承継人に集中させることが難しくなります。また、保有者の中に所在不明の株主がいる場合には、譲渡の交渉ができない、突然買い取り請求される可能性があるなどの問題が生じます。

しかし、後者については、これまで5年以上継続して会社からの通知が到達せず、剰余金の配当を受け取らない場合にはその株式を会社が競売または売却できる規定がありましたが、会社法の特例によりこの期間が1年に短縮されました。これにより、以前よりもより短期間で株式の処分をすることができるようになっています。

② 会社の多額の借入金を引き継がなければならない

事業会社に多額の借入金がある場合には、承継人がその債務を引き継がなければなりません。また、経営者が会社に対して貸付を行っているような場合もあり、このような場合には、さらに債権債務関係が複雑となります。

さらに、事業承継に伴って前経営者の保証を解除するためには、金融機関等の債権者の同意を取り付ける必要があります。しかし、これについては、全国銀行協会と日本商工会議所が策定した「経営者保証に関するガイドライン」や「事業承継時に焦点を当てた経営者保証に関するガイドラインの特則」において、原則として前経営者、後継者の双方から二重には保証を求めないものとされています。

③ 金融機関から新規の融資が受けられない

事業承継をした場合には、事業会社の法的な人格はそのまま承継されますが、実際には経営者の交代という大きな変更がなされているため、それまでの評価をそのまま当てはめることはできません。とくに、金融機関では、経営の実績がない承継者やその後の会社に対して警戒を強めるため、新規の融資が出ないことがあります。

この点については上記のガイドライン等において、対応を変えないことが求められていますが、とはいえ、ある程度経営の実績が明らかになった後でないと、十分な資金調達ができないこともあります。しかし、このような場合には、プロパー融資にだけ頼るのではなく、後述する日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援資金」や、信用保証協会の「事業承継特別保証」等の公的資金を利用することで、資金を調達できる可能性があります。

④ 経営権の委譲がスムーズにいかない

親族承継や従業員承継の場合、「経営権のみの承継」と「支配権を含めた承継」の2つの方法がありますが、どちらについても問題が残ることがあります。

前者は、現経営者が会社の株式を保有したまま、親族や従業員を社長とする方法です。しかし、この場合には現経営者に支配権が残り、いつでも社長に復帰することができるため、承継者のモチベーションに影響が出る、新しい体制で革新的な事業ができないなどの問題が生じます。

一方、後者は親族や従業員が、全部の株式または経営に必要な部分の株式を取得して実質的なオーナーとなる方法です。この場合には、事業の支配権を得られる、新しい体制の中で事業をすることができる等のメリットがありますが、ゼロから信頼や実績を作らなければならない、十分な数の株式を取得できないと安定した経営をすることが困難となるなどのリスクがあります。

⑤ 事業の取得に必要な資金を準備できない

従業員承継のケースにおいて、株式の譲渡を伴わない経営権のみの委譲をする場合には問題ありませんが、経営に必要な株式を従業員が取得して事業を承継する場合には、多額の資金が必要となります。

資金をあらかじめ用意できる場合にはスムーズに経営を移行することができますが、十分な資金を用意できない場合には、経営に必要な株式の取得ができない、運転資金が捻出できない、負債を抱えたままのスタートとなる等の問題が生じ、事業承継失敗の一因となります。

⑥ 身内や取引先などからの反対がある、支援が得られない

従業員承継をする際には、必ずしもすべての身内や取引先の協力を得られるとは限りません。身内に従業員承継に反対の者がいて、その者が株式を所有もしくは相続により取得している場合には、経営の重要決議ができない、少数株主権を行使される、株式の買い取り請求をされるなどの可能性があります。

また、取引先からの反対があったり、支援が得られない場合には、一部の商品の仕入れができない、販売先から取引先を変えられてしまう、売掛・買掛のサイトを不利に変更されてしまうなどの不具合を被る可能性があり、このような場合には事業承継の失敗の要因となります。

⑦ 個人保証の問題を解決できない

通常の中小企業では、経営者が会社の借入れについて個人保証をしているのが一般的です。この点について、経営権の移譲をするだけの場合には、原則として従来のスタンスを踏襲することとなります。

しかし、承継者がオーナーとなる場合や、経営権の移譲の場合でも、金融機関によっては新たな社長にも個人保証を求めてくることがあり、これらの場合に新社長が対応できないと事業承継がうまくできない原因となります。

⑧ 社内の取りまとめができない

従業員承継をした場合には、社員や役員だった人が社長となるため、それまで同期や同僚だった方にとっては同じような立場だった人間が上に立つことになります。そのためこのような処遇に納得のいかない人間が多い場合には、従業員の離脱やモチベーションの低下を招き、事業もスムーズにすすめられなくなるため、事業承継の失敗の要因となります。

⑨ 十分な教育の時間がない

従業員承継の場合、新たな社長となる方に経営ノウハウが十分にあるとは限りません。社長となるくらいですから実務面での問題は少ないでしょうが、それでもすべての業務をトータルに見れる方は少ないため、経験のない業務については不安が残ります。

また、現場の実務と経営では求められるスキルが大きく異なるため、これを補うにはある程度の時間が必要となります。しかし、従業員承継の場合には、身内承継ほど教育に時間をかけられないことが多く、試しながら進めていく部分が多いことから、この点が事業の承継おける課題となります。

M&Aによる事業承継に多い失敗原因

① 譲渡先が見つからない

M&Aによる事業承継をするには、自分の希望する条件でマッチングできる相手を探す必要があります。しかし、M&Aを成功させるには、単に売却代金で折り合いがつくだけでなく、自分の思い入れのある会社を託せる譲渡先であることや、従業員等の処遇について条件が合うということも重要な要素となります。

しかし、昔から取引があるような会社ならばともかくも、ほとんどはお互いのことを知らない状態からのスタートとなるので、なかなかこまかい部分についての条件や希望が合う会社は見つからないということが少なくありません。そのため、何度マッチングを繰り返しても希望の相手に巡り合えない場合には、事業承継そのものをあきらめてしまいがちとなります。

② 事業の売却金について合意が得られない

M&Aにおいて、売り手企業の評価額を正確に算出することは、重要な要素のひとつです。経営統合後のシナジーに期待しすぎるあまり、適切な評価額を大幅に上回る金額で買収を行なってしまうと、M&A成立後の業績悪化につながります。

また、買収金額の算定の元となる企業価値算定方式には、純資産価額法、類似会社比準法、DCF法といった複数の方法がありますが、どれを取るかで金額が大きく変わってきます。そのため、この算定方法について売手側と買い手側の合意ができない場合には、M&Aは不成立となります。

③ 契約条件が守られない

M&Aにより事業承継をする場合には、売却金額だけでなく、決められ合意内容を守らないなどの理由により、M&Aが不成立となってしまうことがあります。

また、それ以外にも、事前に情報が他社に流失した場合には、相手企業との信頼関係が破綻することから、同様にM&Aが不成立となってしまうことがあります。

M&Aの契約では、数十項目について取り決めがされることも多く、そのうち一つでも違反をすると、その時点で契約が不成立となってしまうことも珍しくありません。そのため、契約については弁護士を立てるのは当然ですが、それ以外でも秘密情報の漏洩や契約違反をしないよう注意する必要があります。

④ デューデリジェンスの結果が予想以上に悪い

M&Aにより事業承継をする際には、どのような形式で行うかを問わず、D.D(デューデリジェンス)を行うのが普通です。D.Dとは、M&Aにおける買収価格や契約条項を決定する際に、買収者が買収対象企業の財務・法務・労務等の情報を入手し、その情報が真実であるかを調査することをいいます。

これらの情報の概要は交渉段階の途中でも一部は公表されますが、その内容は簡単なものが多いため、詳細なD.Dを行った場合、事前に伝えられていた内容と大きく相違していることがあります。また、D.Dにより、事前に伝えられていなかった重要な問題や多額の負債が見つかることもあります。このようにD.Dをした結果、財務内容等に問題があることが判明した場合には、M&Aは不成立となります。

事業承継に失敗しないための進め方とは?

中小企業庁の「事業承継マニュアル」によれば、事業承継を成功させるには、ゴールを見据えたうえで、それまでに行うべきことをステップに分けて実行していくことが必要とされています。ここでは、このマニュアルの内容から、事業承継で必要となる準備から実行までのステップを解説いたします。

ステップ1
事業承継に向けた準備の必要性の認識
ステップ2
経営状況・経営 課題等の把握(見える化)
ステップ3
事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)
<親族内・従業員承継>
<社外への引継ぎ>
ステップ4
事業承継計画策定
マッチング実施
ステップ5
事業承継の実行
M&A等の実行
事業承継へ

事業承継を実行するまでの5つのステップ

<ステップ1> 事業承継に向けた準備の必要性の認識

従業員の雇用や、取引先との信頼関係など、会社が周囲にあたえる影響は大きいため、事業の引継ぎには経営者の身内だけでなく、これら関係者からの理解や協力を取り付けておく必要があります。

また、後継者を次期経営者として必要な能力を備えた人物として育成するには十分な時間が必要となりますが、事業用資産や経営資源の承継についても余裕をもって計画的に進めていく必要があります。そのため、事業承継を着実に進めるためには、早めの着手が重要となります。

<ステップ2> 経営状況・経営 課題等の把握(見える化)

次の段階では、未来に向けて経営方針を定める必要がありますが、その最初の一歩となるのが、会社の経営状況を把握です。

事業をさらに維持・成長させていくためには、利益を確保できる仕組みになっているか、商品やサービスの内容は他社と比べて競争力を持っているか等の取り組むべき課題を洗い出すとともに、資産関係を明確にして後継者の不安を解消する、客観的な財務状況を明らかにして金融機関からの信用を得るなどが必要となります。

<ステップ3> 事業承継に向けた経営改善(磨き上げ)

企業価値の高い魅力的な会社となるには、「他社に負けない強みを持った会社となること」と「業務の流れに無駄がない、効率的な組織体制を構築すること」が求められます。

そのためには、自社が強みを有する分野の業務を拡大するとともに、各部署の権限、役割を明確にして業務がスムーズに進行する事業の運営体制を整備する必要があります。

<ステップ4-5> 事業承継計画策定・事業承継の実行等

最終工程では、これから行う事業承継の手法に応じ、経営の「見える化」、会社の「磨き上げ」等を進める過程で明らかになった経営上の課題を解消しながら、後継者と二人三脚で策定した事業承継計画、あるいは希望に適った相手とのマッチング条件に沿った、資産の移転、経営権の移譲を進めていきます。

この段階では専門的な知識が必要となることが多いため、早めに専門家に相談することが有効となります。

事業承継計画の策定のポイント

事業承継を実行するまでのステップがまとまったら、自社を取り巻く状況を踏まえて、具体的な「事業承継計画」を策定します。

事業承継計画では以下のポイントを織り込んだものを策定しますが、事業承継後に事業運営を担うのは後継者であるため、作成は後継者とともに、関係者の意見を取り入れて作る必要があります。

<事業承継計画策定のポイント>

① 計画は、会社の10年後を見据えて策定すること

②「いつ?」、「何を?」、「誰に?」、「どのように?」などを織り込んだ行動計画とすること

③ 経営方針の具体的な内容としては、以下の項目を明確にすること

 ・事業の維持や拡大の方針  ・事業領域の明確化と維持の方法

 ・新事業への挑戦の有無   ・組織体制の在り方

 ・必要な設備投資計画     ・売上や利益、シェアの計画

④ 目標と実績の比較のできる内容とすること

⑤ 経営改善が必要な場合には、金融機関の意向に注意して作成すること

事業承継に失敗しないための経営権の防止策

事業承継では、後継経営者が経営権をどれだけ取得できるかが重要なテーマであり、これがうまくいかない場合には高い確率で事業承継に失敗してしまいます。ここでは、事業承継を成功させるために行っておくべき経営権の防止策について解説いたします。

安定株主(役員・従業員持株会など)の導入

本来であれば、後継者がすべての株式を取得することが経営の安定上望ましいですが、税負担の問題等のため、一部を他の相続人等に承継しなければならないことがあります。

しかし、多数の相続人に株式が分散してしまうとその後の経営をコントロールするのが難しくなるため、このような場合には安定株主を導入する対策が有効となります。

安定株主とは、基本的に現経営者の経営方針に賛同し、長期間にわたって保有を継続してくれる株主のことをいい、代表的な候補としては役員・従業員持株会、取引先会社、金融機関などがあります。

安定株主が一定割合の株式を保有することで、安定株主の保有株式を合計して安定多数の議決権割合を確保することができ、経営の安定化を図ることができます。また、それと同時に、後継者が承継する株式の数も減らすことにも役立ちます。

遺言の作成

先代経営者が遺言を残しておくことは、相続争いや遺産分割トラブルを回避するために効果的です。遺言により、後継者には株式や事業用資産、ほかの相続人には事業に関係のない資産や現金を相続させるというように、経営者の意思に適った相続をすることができます。

しかし、遺言がない場合には、最終的な遺産の配分は相続人同士の遺産分割協議により決定されるため、自社株式や事業用資産が分散してしまったり、協議がまとまらずに相続争いに発展する可能性もあります。

なお、遺言書の作成は自分でもできますが(自筆証書遺言)、できるだけ「公正証書遺言」を利用するようにしましょう。公正証書遺言には2人以上の証人が必要だったり、手数料がかかりますが、遺言書は公証役場で保管されるため、紛失の危険がありません。また、厳格な要件にもとづき作成されるので、内容が無効とならないという特徴があります。

遺留分減殺請求への対策

相続人(配偶者、子、直系尊属)には法律上、相続財産の一定の割合を相続する遺留分の権利が認められており、この権利にもとづく請求を「遺留分減殺請求」といいます。そのため、一人の後継者だけにすべての財産を相続させるような内容の遺言は、他の相続人から遺留分減殺請求をされる要因となります。

ただし、経営承継円滑化法では、遺留分に関する民法の特例が設けられており、後継者を含めた推定相続人全員の合意のもと、先代経営者から後継者に贈与等された自社株式については、一定の要件を満たしていることを条件に、遺留分の算定の基礎となる相続財産から除外する取り決めをすることができます。

したがって、この民法の特例制度を活用することで、後継者へ確実に自社株式を承継させることができます。

種類株式の発行

会社法により、個別的なニーズに対応したさまざまな種類株式を発行できるようになったため、これを活用して事業承継での経営権の分散リスクを防止することができるようになりました。

種類株式を活用した対策としては、たとえば、後継者には普通株式を相続させ、他の相続人には無議決権株式を相続させることで、遺留分減殺請求による株式(議決権)分散リスクを低減する方法があります。

その他にも、譲渡制限株式を発行することで株式の譲渡に会社の承認を要するという制限をつけたり、取得条項付種類株式で「株主の死亡」を取得条項とすることにより、株主が死亡した場合には会社がこれを買い取る旨の条件を付けるなどにより、株式の散逸を防止することができます。

信託の活用

信託は、信託契約の定め方によって自由に内容を設計することが可能なため、事業承継に対する経営者の意思や希望をその死後に反映させることができます。 

中でも、事業承継に活用される信託として「遺言代用信託」があります。

これは、経営者が死亡した場合の株式の承継について定めることができるので、遺言と同様の効果が得られます。

また、信託は認知症への対策としても有効です。

例えば、経営者が認知症等になった場合に信託の管理権限を後継者(受託者)などに移転するとしておけば、もし、そのような状態となった場合には、自社株式等の信託財産は契約に基づいて管理されるため、経営者の意思を確実に実現させることができます。

持ち株会社の設立

後継者が持株会社を設立し、事業会社からの配当による返済を前提に金融機関から自社株式の買取資金の融資を受けます。これにより、持株会社は事業会社の株主となり、経営者には自社株式の譲渡の対価としての現金が残ります。相続時には、相続財産は自社株式ではなく現金となるため、遺産分割による自社株式の分散を防止することができます。

ただしこのスキームによる場合には、借入金が増えることに注意する必要があります。

自社株買いに関するみなし配当の特例

自社株式(非上場株式)を相続した後継者以外の相続人が「相続税の申告期限から3年以内」に自社に株式を譲渡した場合、みなし配当課税(最高税率55.945%)を適用せず、自社株式の譲渡所得について譲渡所得課税(税率20.42%)が適用されます。

そのため、分散した株式の買戻しを有利に行うことができます。

相続人等に対する売渡請求

あらかじめ定款に定めておくことにより、自社株式が相続や合併等で移転した場合、会社は自社株式の新たな所有者に対し、会社へ自社株式を売り渡すよう請求することができます。(会社法第174条)

ただし、この請求は後継者以外の株主が後継者に対しても行うことができるため、後継者が自社株式を相続するときに、会社の経営権の獲得を狙って売渡請求を行う株主が現れる危険性があります。

特別支配株主による株式等売渡請求

株式会社の総株主の議決権の90%以上を有する株主は、他の株主の全員に対し、その保有するその会社の株式の全部を自己に売り渡すことを請求することができます。(会社法第179条)

死亡保険金の活用

死亡保険金について受取人(後継者)が指定されている場合には、その死亡保険金は原則として遺産分割の対象とならず、遺留分算定基礎財産にも含まれません。これにより、後継者は死亡保険金を確実に受け取ることができるため、事業承継に伴う納税資金、自社株式・ 事業用資産の買取資金として活用することができます。

事業承継で利用できる金融その他の支援制度

事業承継で利用できる融資その他の支援としては、以下のものがあります。

事業承継・集約・活性化支援資金(日本政策金融公庫)

事業承継やM&Aに取り組む企業を支援する制度です。

利用条件
  • 中期的な事業承継を計画し、現経営者が後継者(候補者を含む)と共に事業承継計画を策定している方
  • 安定的な経営権の確保等により、事業の承継・集約を行う方
  • 事業の承継・集約を契機に、新たに第二創業または新たな取り組みを図る方 他
資金使途
事業承継を行うために必要な設備資金および運転資金
融資限度額
別枠7,200万円(うち運転資金4,800万円)
利率
0.63〜1.30%(特別利率)または基準金利
返済期間
設備資金20年以内  運転資金7年以内
※ともに据置期間2年以内

担保・保証等
相談の上決定

事業承継特別保証(信用保証協会)

利用条件
次の(1)または(2)に該当し、かつ、(3)に該当する中小企業者
(1)保証申込受付日から3年以内に事業承継を予定し、事業承継計画を有する法人
(2)事業承継日から3年を経過していない法人(令和2年1月1日から令和7年3月31までに事業承継を実施した方に限る)
(3)次の①から④までに定めるすべての要件を満たすこと
①資産超過であること
②EBITDA有利子負債倍率(注)が15倍以内であること
③法人・個人の分離がなされていること
④返済緩和している借入金がないこと

資金使途
事業承継を行うために必要な事業資金
保証限度額
2億8,000万円
保証料率
0.45%~1.90%
0.20%~1.15%(専門家による確認を受けた場合)

融資利率
金融機関所定利率
保証期間
一括返済の場合 1年以内
分割返済の場合 10年以内(据置期間は1年以内)

担保・保証等
担保は必要に応じて徴求 保証人不要

事業承継・引継ぎ支援センター

「事業承継・引継ぎ支援センター」とは、事業承継・引継ぎのワンストップ支援を行う機関です。これまで第三者による事業引継ぎを支援してきた「事業引継ぎ支援センター」と、主に親族内承継を支援してきた「事業承継ネットワーク」の機能を統合して設立されました。親族内への承継や第三者への引継ぎなど、中小企業の事業承継に関するあらゆる相談に対応しています。

事業承継・引継ぎ支援センターでは、次のような事業を行っています。

① 第三者承継支援

後継者が不在の場合の相談から、譲受企業の紹介、成約に至るまでの事業引継ぎなど

② 親族内承継支援

親族や従業員への承継がスムーズにできるよう事業承継計画等の支援など

③ 後継者人材バンク

創業を目指す起業家と後継者不在の会社や個人事業主のマッチングなどの支援

④ 経営者保証に関する支援

事業承継の障害となる経営者保証解除に向けた支援

まとめ

現在、中小企業では経営者の高齢化が進む中で、その対策として「事業承継」が奨励されていますが、事業承継はその企業にあった適切な手法を選ぶ必要がある、時間やコストがかかるといった問題点もあるため、対策を間違えると失敗の原因となります。

事業承継の主な失敗の原因としては、後継者の理解や承諾が得られない、資金繰りができない、従業員等の協力が得られないなどがありますが、事業承継にはある程度の時間が必要となるため、十分な余裕と計画にもとづいて進めることが成功のポイントとなります。

また、最近では、事業承継のための税制や支援制度も充実してきていることから、これらを活用すれば少ない負担や有利な条件で手続きを行うことができます。