この記事は、「事業承継税制の適用を受けたいが、取消事由に該当した場合に税金を一括で支払わなければならないか不安」という方や、「贈与の場合の事業承継税制と相続時精算課税制度は併用できるか知りたい」という方に向けて、事業承継税制と相続時精算課税制度の関係について解説します。
事業承継税制と相続時精算課税制度の併用は可能です。相続時精算課税制度の適用を受ける旨を贈与税の申告書に記載して必要書類を添付すれば、事業承継税制の適用が取り消されて納税猶予を受けることができなくなったとしても、2,610万円までであれば直ちに納税する必要はなくなります。ただし、この場合は事業承継税制における相続が発生した場合の納税義務の免除を受けることはできなくなるため、相続発生時に贈与を受けた財産について相続税の課税対象とされる点に注意が必要です。
事業承継税制とは、自社株式または個人事業主の事業用資産の贈与または相続があった場合において、一定の要件を満たしたときは贈与税または相続税の納税が猶予される税制です。この税制の適用を受けることにより、事業の後継者が自社株式または事業用資産を取得した際における税金の支払いが猶予されることから、手元に納税資金がない場合であってもスムーズに事業を承継することが可能となります。
事業承継税制には法人版事業承継税制と個人版事業承継税制があり、法人版には特例措置と一般措置の2種類があります。事業承継税制の適用を受けるための要件については後ほど解説します。
なお、法人版事業承継税制の適用を受けた場合、最初の5年間は毎年税務署と都道府県に、その後は3年に1回税務署に、それぞれ一定の報告書や届出書を提出する必要があり、これを怠ると納税の猶予が取り消されます(個人版事業承継税制の場合は3年に1回の頻度で「継続届出書」を税務署へ提出する必要があります)。
参考:国税庁パンフレット
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_03.pdf
また、事業承継税制の適用を受けるための前提となる円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)の認定が取り消された場合も、原則として納税の猶予が取り消されます。円滑化法の認定取消事由については中小企業庁パンフレットをご参照ください。
参考:中小企業庁パンフレット
https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku/manual_4.pdf
相続時精算課税制度とは、親もしくは祖父母から成人済みの子どもに対して財産を贈与した場合に、受贈者が選択できる贈与税の特例制度のことです。相続税精算課税制度のメリットは、この制度の適用を受けると2,500万円の特別控除額を控除した残額に贈与税が課税されることになるため、最大で2,610万円の財産を贈与税の負担なく親などから子どもへ贈与できることです。なお、「最大で2,610万円」なのは、令和5年度税制改正によって令和6年(2024年)1月1日以降に行われた贈与について110万円の基礎控除額の控除ができるようになったためです。税制改正の詳細は国税庁パンフレットをご参照ください。
参考:国税庁パンフレット 令和5年度相続税及び贈与税税制改正のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-004.pdf
一方、相続時精算課税制度のデメリットは、上記で贈与税の負担なく取得した財産について、贈与があった年にかかわらず贈与者が亡くなったときに相続税が課税される点です。通常の贈与(暦年贈与)であれば、相続開始前7年より前に行われた贈与によって取得した財産は相続税の課税対象から外れますが、相続時精算課税制度は「贈与時の税金を相続時に精算する」制度であるため、たとえば相続開始の日の10年前に行われた贈与であったとしても相続税の課税対象に含まれます。なお、生前贈与の加算期間を従来の3年から7年に延ばす改正も令和5年度で実施されています。
事業承継税制と相続時精算課税制度の併用は可能です。
なお、法人版事業承継税制特例措置の適用を受ける場合は、相続税精算課税制度における受贈者の要件が緩和され、18歳以上であれば贈与者の直系卑属(子や孫)でなくても相続時精算課税制度の適用を受けることができます。たとえば、先代経営者から子ども及びその配偶者に事業承継税制による贈与を行う場合、先代経営者の子どもが相続時精算課税制度の適用を受けられるのはもちろん、その子どもの配偶者も相続時精算課税制度の適用を受けることができるようになります。
この点については、国税庁のサイト(タックスアンサーNo.4103 相続時精算課税の選択)においても解説されています(「対象者または対象物」のセクションの「適用対象者」の箇所に記載があります)。
参考:国税庁タックスアンサー
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するメリットは、事業承継税制における贈与税の納税猶予の取消事由に該当したとしても、贈与を受けた財産の価額が相続時精算課税の限度額である2,610万円までであれば取消事由に該当したタイミングで贈与税を納付しなくて済む点にあります。
事業承継税制における納税猶予の取消事由には、たとえば承継した法人の代表者を退任した場合や自社株式を贈与した場合があります。事業承継税制は代表者として会社の運営と株式(あるいは事業用資産)の保有を継続すること前提に贈与税の納税猶予を認める税制であることから、将来代表者を辞任したり承継した株式を第三者に売却したりした場合は、これらの事象が発生した時点で原則として納税猶予が取り消され、猶予された贈与税と利子税を現金で納付する必要が生じます。
もっとも、事業承継時には会社の運営を継続するつもりがあっても、市場環境の変化や家庭の事情などの理由で代表者を退任したり自社株式を売却して別の道に進んだりということもありうるでしょう。そうした場合、相続時精算課税制度を選択しておけば、その選択をした時点における税金の負担を軽減することが可能です。
これらの制度を併用するためには、事業承継税制及び相続時精算課税制度それぞれの適用要件を満たす必要があります。おおまかな適用要件は次のとおりです(事業承継税制については法人版事業承継税制特例措置の適用要件を解説します)。
【事業承継税制の適用要件】
会社の要件 | 上場会社、中小企業者に該当しない会社、風俗営業会社、資産管理会社(一定の要件を満たすものを除きます)のいずれにも該当しないこと |
先代経営者の要件 | 次の3つの要件をいずれも満たすこと。 会社の代表権を有していたこと 贈与の直前において自身と自身の親族で議決権の50%超を保有し、かつ自身が筆頭株主であること 贈与の時において、会社の代表権を有していないこと |
後継者の要件 | 次の3つの要件をいずれも満たすこと。 贈与時点で会社の代表権を有していて、かつその前3年以上当該会社の役員であること 贈与の日において18歳以上であること 贈与によって自身と自身の親族で議決権の50%超を保有し、かつ自身が筆頭株主となること |
各要件の詳細については国税庁のパンフレットでご確認ください。
参考:国税庁パンフレット
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0023006-133_01.pdf
【相続時精算課税制度の適用要件】
贈与者の要件 | 贈与者は贈与をした年の1月1日において60歳以上の者 |
受贈者の要件 | 贈与を受けた年の1月1日において18歳以上の者のうち、贈与者の直系卑属である推定相続人または孫(つまり贈与者の子や孫) |
なお、相続時精算課税制度の適用要件について、受贈者が事業承継税制の適用を受ける後継者に該当する場合は、受贈者の要件のうち「贈与者の直系卑属(子や孫など)である推定相続人または孫」を満たす必要がなくなります(租税特別措置法70条の2の7第1項)。ただし、事業承継税制の適用によって納税猶予を受ける贈与税額が0円となる場合は、当該贈与者からの贈与については相続時精算課税制度の適用を受けることはできないのでご注意ください(租税特別措置法通達70の2の7-1)。
参考:国税庁パンフレット
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/pdf/0018010-082.pdf
事業承継税制と相続時精算課税制度を併用するためには、それぞれの税制の適用を受ける手続きを経た上で、贈与が行われた年の贈与税の申告書に必要事項を記入して、必要な添付書類とともに贈与税の申告期限(贈与が行われた年の翌年3月15日まで)内に受贈者(後継者)の住所地を所轄する税務署へ提出する必要があります。
事業承継税制のうち法人版事業承継税制特例措置の適用を受ける場合は、①特例承継計画の策定を行って都道府県知事の確認を受ける、②株式の贈与を行う、④都道府県知事による円滑化法の認定を受ける、⑤贈与税の申告を行う、という流れで手続きを行います。この中では、④の認定申請には期限が定められていることと(贈与を受けた年の翌年1月15日まで)、⑤においては納税が猶予される贈与税及び利子税に見合った担保の提供が必要である点に注意が必要です。
また、相続時精算課税制度の適用を受ける場合は、「相続時精算課税選択届出書」に一定の書類を添えて、贈与税の申告期限までに税務署へ提出する必要があります。相続時精算課税選択届出書のリンクと添付が必要な一定の書類については、国税庁のタックスアンサーでご確認ください。
参考:国税庁タックスアンサー
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4304.htm
併用を行う場合の留意点としては、次の3点があげられます。
相続時精算課税制度は免税や非課税の制度ではない 相続時精算課税制度は一度選択すると暦年課税に戻すことができない 事業承継税制の適用を受けると、相当の理由がない限り事業を継続する必要が生じる |
いずれも、制度の理解があいまいな状態で選択すると後悔することになる可能性があるポイントです。併用を行う場合は、顧問税理士から十分な説明を受けてから行うようにしましょう。
以上、事業承継税制と相続時精算課税制度の関係について解説しました。
事業承継税制と相続時精算課税制度の併用は可能です。併用をすることで、事業承継税制の適用が取り消されて納税猶予を受けることができなくなった場合に直ちに納税する税金が大幅に軽減されるというメリットがありますが、事業承継税制にも相続時精算間課税制度にもメリットとデメリットがあるので、併用をするか否かは、顧問税理士から十分な説明を受けてから決断することをおすすめします。