
インボイス制度が始まってから2年が経ち、その影響を実感している事業者は少なくないでしょう。インボイス制度の主要な経過措置である、免税事業者等からの仕入について消費税相当額の一定割合を仕入税額とみなす特例と「2割特例」は、いずれもインボイス制度開始から3年が経過した2026年10月に制度の重要な転換点を迎えます。制度の転換点の直前になって慌てないためにも、今の段階から準備を始めることをおすすめします。この記事では、インボイス制度の基本を再確認することにより、今後の変化に備えるための基礎知識をご提供します。
インボイス制度は、事業形態によって対応すべき内容が異なります。売手側の事業者が課税事業者か免税事業者かによって、取引の維持や消費税の申告納付義務の有無といった課題が生じます。特に免税事業者の場合は、課税事業者になるか、あるいは免税事業者のままでいるかを判断する必要があり、それぞれの選択肢にはメリット・デメリットが存在します。
一方、買手側の事業者が免税事業者か課税事業者かによっても、対応すべき点が分かれます。免税事業者の買手は、仕入先が適格請求書発行事業者かどうかを気にする必要はありません。しかし、原則課税を適用している課税事業者の買手は、仕入税額控除を受けるために適格請求書の要件を満たしているか確認する必要があり、免税事業者との取引では税負担が増える可能性もあります。
また、インボイス制度の主要な経過措置(免税事業者等からの仕入について消費税相当額の一定割合を仕入税額とみなす特例と2割特例)は2026年に大きな転換点を迎えます。これらの経過措置の変更や終了を見据えて、早い段階で対策を検討することが重要です。
なお、この記事は2025年9月時点の法令に基づいて作成しています。
2023年10月1日から、消費税の仕入税額控除の方式として、適格請求書等保存方式(インボイス制度)が導入されました。インボイス制度は、消費税の課税事業者が、仕入税額控除を適用するために、一定の要件を満たした適格請求書の保存を義務付けるものです。
「適格請求書」とは、適格請求書発行事業者(消費税法第57条の2第1項の規定による登録を受けた事業者)が交付する、一定の事項が記載された請求書、納品書、領収書などのことを指します。適格請求書には、原則として次の事項を記載する必要があります(消費税法第57条の4第1項)。
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インボイス制度により、消費税の仕入税額控除を受けるためには、原則として、適格請求書発行事業者から交付された適格請求書が必要となります。逆に、免税事業者からの仕入れについては、適格請求書が交付されないため、原則として仕入税額控除を受けることはできませんが、インボイス制度導入後6年間は経過措置が設けられています。
インボイス制度の主な経過措置は次の2点です。
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1点目について、インボイス制度のもとでは、適格請求書発行事業者以外の者(たとえば消費税の免税事業者や消費者)からの課税仕入れは原則として仕入税額控除を行うことができません。しかしながら、激変緩和の観点から、インボイス制度開始後6年間は次の経過措置が設けられ、一定の要件を満たせば仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除することができます(28年改正法附則52、53)。
| 期間 | 一定割合 |
| 2023年10月1日から2026年9月30日まで | 仕入税額相当額の80% |
| 2026年10月1日から2029年9月30日まで | 仕入税額相当額の50% |
ここでいう「一定の要件」とは、区分記載請求書等保存方式における記載事項が網羅された帳簿及び請求書等を保存し、かつ帳簿に経過措置の適用を受ける課税仕入れである旨の記載を行うことです。経過措置の期間中は無条件で80%もしくは50%の仕入税額控除を受けることができるというわけではない点に注意が必要です。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問113
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/113.pdf
2025年9月時点で、仕入税額相当額の80%を控除できる期間が残り1年となりました。来年の10月からは控除率が80%から50%に下落するため、取引先に適格請求書発行事業者以外の者がいる企業や、自社が適格請求書発行事業者以外の者に該当する企業は、来年10月以降の対応を今から検討し始めることをおすすめします。
2点目について、インボイス制度を機に免税事業者からインボイス発行事業者として課税事業者になった事業者については、消費税の納付税額の計算を「売上にかかる消費税額の2割」とすることができる特例(2割特例)が設けられています。2割特例は業種にかかわらず一律の控除率で、仕入税額の実額計算も不要であるため、これまで消費税の納付額計算を行ったことがない事業者であっても簡単に納付税額を計算することができる特例的な計算の仕組みです。
2割特例も期間限定の特例で、2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する各課税期間が特例の対象期間です。たとえば、インボイス制度によって2023年10月1日から課税事業者となった個人事業主は、2023年、2024年、2025年、2026年の各年分の消費税申告を2割特例により計算することができますが、2027年分以降は2割特例の適用を受けることができなくなります。
参考:国税庁 インボイス制度に関するQ&A 問114
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/qa/114.pdf
2025年9月時点で、2割特例を受けることができる期間が残り1年となりました。個人事業主は2025年分と2026年分の申告は2割特例で行うことができますが、2027年以降は2割特例の適用を受けることができないため、簡易課税制度の適用を受けるか、原則課税を選択するか、あるいは免税事業者に戻るかを検討する必要があります。検討には時間と手間を要するため、早い段階から検討に着手することを推奨します。
以上、インボイス制度に関する基本的なポイントをご紹介しました。次以降のセクションでは、インボイス制度が事業に与える影響について、取引の売手側と買手側に分けて解説します。
売手側の事業者が適格請求書発行事業者となることによる影響の多寡は、インボイス制度導入前から既に消費税の課税事業者であったか否かによって大きく異なります。
売手がインボイス制度開始前から既に消費税の課税事業者である場合、インボイス制度による大きな影響はありません。取引の売手として新たに発生する事務作業としては、適格請求書の様式への変更や、交付した適格請求書の写しの保存義務が生じる程度です。
売手が消費税の免税事業者である場合、適格請求書は消費税の課税事業者にならないと交付することができないため、次のいずれかを選択する必要が生じます。
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1つ目の選択肢のメリットは、買手との取引の維持・拡大につながる可能性がある点です。買手が消費税の課税事業者である場合、消費税の仕入税額控除の観点から、適格請求書を交付することができる相手と取引をするインセンティブが生じます。このため、自社の競合先が適格請求書を交付できない事業者の場合、当社が適格請求書を交付することができれば、新たな取引先を獲得できるかも知れません。
一方、1つ目の選択肢のデメリットは消費税の申告納付義務が生じる点です。免税事業者だったときは売上に係る消費税額が仕入に係る消費税額を上回ったとしても差額を納税する必要はありませんでしたが、課税事業者になると一定の方法により計算した消費税額を納付しなければならず、手元に残るお金が減る可能性があります。また、消費税の申告作業も行う必要があります。なお、上述したとおり、制度導入から一定期間は、納税額を売上税額の2割に軽減できる「2割特例」などの負担軽減措置があります。
2つ目の選択肢のメリットは、従来どおり消費税の申告納付の義務が課せられない点です。免税事業者のままでいる場合は、売上に係る消費税額が仕入に係る消費税額を上回ったとしても差額を納税する必要はありませんし、消費税の申告書を提出する必要もありません。
一方、2つ目の選択肢のデメリットは失注リスクがある点です。上述のとおり、買手が消費税の課税事業者である場合、適格請求書を交付することができる相手と取引をするインセンティブが生じるため、適格請求書を交付できないことは買手にとってマイナスポイントです。買手から免税事業者である売手に対して、「課税事業者にならなければ取引価格を引き下げる」、あるいは「課税事業者にならなければ取引価格を打ち切る」と一方的に通告することは独占禁止法上または下請法上問題となる恐れもあるとされていますが(公正取引委員会QA 問7)、新規の取引であったり、より価格競争力のある競合相手が参入してきたりした場合は、適格請求書を発行できないことが不利に働くことは否めないでしょう。
参考:公正取引委員会 免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関する
Q&A
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html
買手が免税事業者の場合、仕入先が適格請求書発行事業者かどうかを気にする必要はありません。なぜなら、免税事業者はそもそも消費税の申告義務がないため、仕入税額控除ができるか否かは関係ないからです。消費税の観点からは、仕入先から交付を受けた請求書や領収書が適格請求書の要件を満たしているかのチェックも不要です。
買手が課税事業者の場合、消費税の申告をどのように行っているかで影響が異なります。2割特例を受けている場合や、消費税の簡易課税制度の適用を受けている場合は、消費税の納付税額の計算に仕入に係る消費税額を使わない(売上に係る消費税額から納付税額を計算する)ことから、仕入先が適格請求書発行事業者かどうかを気にする必要はありません。
一方、買手が消費税の原則課税を適用している場合、納付税額の計算に仕入に係る消費税額を使うことから、仕入先が適格請求書発行事業者かどうかや、仕入先から交付を受けた請求書や領収書が適格請求書の要件を満たしているかのチェックを行う必要があります。そして、適格請求書の交付を受けない場合は原則として仕入税額控除の適用を受けることができず税負担が増えたり、仕入先が適格請求書発行事業者か否かによって経理処理を変えたりする必要が生じます。
インボイス制度は、導入から2年が経過した今もなお、多くの事業者にとって重要な課題であり続けています。2026年には、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置の割合の変化(80%から50%に下落)や、2割特例の終了が予定されており、これらの経過措置の変更や終了によって消費税の納税額が増加するケースも考えられるため、来年以降を見据えた早めの対策が不可欠です。今後の対応に不安がある場合は、早めにお近くの税理士に相談して、適切なアドバイスを受けることをおすすめします。