
親が築き上げた会社を子どもたちが引き継ぐ事業承継。特に兄弟で会社を相続する場合、経営の安定や親族間の公平性をどう保つかは非常にデリケートな問題です。
自社株の相続には、現預金とは異なる非上場株式特有の評価ルールが適用され、思いがけず高額な相続税が発生することも少なくありません。また、後継者となる兄弟とそうでない兄弟との間で財産配分に格差が生じ、後のトラブルに発展するケースも散見されます。
本記事では、兄弟で会社を相続する際の課税関係や税額計算の仕組み、納税資金確保の注意点について詳しく解説します。さらに、税負担を大幅に軽減できる法人版事業承継税制(特例措置)を複数人で活用する際のポイントや留意点についても触れていきます。
兄弟での会社相続は、後継者が自社株を、非後継者が現預金等を相続する形が一般的ですが、被相続人に自社株以外目立った財産がない場合は、兄弟間の公平を保つために代償分割も選択肢の一つです。
後継者に納税資金がなかったとしても、法人版事業承継税制(特例措置)を活用することで、最大3名の後継者まで自社株に係る相続税または贈与税の納税猶予を受けることができます。この税制は、2025年1月より贈与税における役員就任要件が緩和されて更に使いやすくなりましたが、この税制の適用を受けると経営承継期間の5年間は代表権を維持しないと猶予税額と利子税の一括納付が必要になる点に注意が必要です。将来の議決権分散リスクを防ぐため、株主間合意書の作成など、次世代への再承継まで見据えた出口戦略の策定が円満な承継のカギです。
なお、この記事では、非上場企業の100%株主兼経営者であった先代が亡くなり、先代の子どもたちが同社の株式(自社株)を相続して経営を引き継ぐケースを前提に解説を行います。
会社の先代経営者である親が亡くなり、その子どもである後継者が兄弟で会社を相続する場合、課税される主な税金は非上場株式の相続による相続税です。非上場株式は、現預金などと同様に相続財産として評価され、課税価格の合計額が基礎控除額(法定相続人の数に600万円を乗じた金額と3,000万円の合計額)を超える場合には、相続税の申告および納税義務が生じます。
また、先代経営者から子どもたちへ株式の生前贈与を行っていた場合は、贈与税の課税対象となります。さらに、相続が発生した際には生前贈与加算というルールが適用される可能性があります。
親が亡くなり、兄弟で自社株などを分割して相続する場合、相続税法に基づき相続税額の計算を行います。日本の相続税は法定相続分を軸とした計算体系となっており、計算の順序は次のとおりです。
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参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4152
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4152.htm
また、親が存命のうちに子どもへ自社株などを贈与する場合、相続税法に基づき贈与税額の計算を行います(贈与税法という法律は存在せず、贈与税は相続税法の中で規定されています)。
贈与税額の計算方法は暦年課税によるものと相続時精算課税によるものがあり、暦年課税によるものは更に一般贈与財産用と特例贈与財産用に計算方法が分岐します。それぞれの計算方法の詳細は国税庁のタックスアンサーをご参照ください。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4408
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4408.htm
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4103
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4103.htm
相続税や贈与税の対象となる財産は、現金や預貯金、不動産(土地・建物)だけではありません。有価証券、貴金属、さらには貸付金や特許権といったものも課税対象となる財産に含まれます。また、一見すると財産ではないように思える生命保険金や退職手当金なども、被相続人の死亡をきっかけに受け取るものであることから、みなし相続財産として課税対象に含まれます(相続税法3条)。
会社を相続するということは、会社が発行した株式を相続するのと同義であるため、会社の相続についても相続税が課税されます。また、先代経営者である親が存命中に会社を引き継ぐ場合は、会社の株式の贈与を受けたものとして贈与税が課税されます。
自社株を相続する際、最も大きな論点となるのが「その株式がいくらと評価されるか」です。上場株式と異なり、市場価格のない非上場株式は国税庁が定める財産評価基本通達に基づき評価しますが、その評価方法は株式を取得する人の立場や会社の規模によって異なります(財産評価基本通達178)。
まず、株式を取得する人が経営を支配する株主グループ(同族株主)かそれ以外の少数株主かにより、評価方式が大きく分かれます。同族株主の場合は会社の資産や利益の額を反映する原則的評価方式により、少数株主の場合は特例的評価方式である配当還元方式により評価を行います。
原則的評価方式は、評価対象の会社を総資産価額、従業員数および取引金額の基準に従って大会社、中会社、小会社のいずれかに区分した上で、それぞれの区分に応じた方法により評価を行います。具体的な評価方法は次のとおりです(財産評価基本通達179)。
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参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4638
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm
以上、兄弟で会社を相続する際の課税関係について、課税されるのは相続税または贈与税であること、税額計算の仕組み、非上場株式の相続税評価額の計算方法について解説を行いました。次に兄弟で会社を相続する際の留意点をいくつか解説します。
兄弟で会社を相続するときは、一般的には後継者となる兄弟が自社株を集中して引き継ぐことになるため、経営に関与しない兄弟が存在する場合はその人にどのような財産を分与するかが、その後の親族関係や会社運営を左右する極めて重要なポイントです。
特定の兄弟が自社株の大部分を相続する一方、被相続人が自社株の他に目立った財産を有していなかった場合は、他の兄弟との間で相続財産の配分に大きな格差が生じることがあります。これが原因で遺留分(民法1042条)を巡る紛争に発展するケースも少なくありません。
相続において兄弟間の不公平感をなくし、円満な承継を実現するためには、自社株を取得しない兄弟に対しても十分な配慮に基づいた財産分与を検討することが重要です。仮に、被相続人が自社株の他に目立った財産を有していなかった場合は、後継者が自身の所有する財産を他の兄弟に与える代償分割という方法を取ることも選択肢の一つです。代償分割を行った場合の相続税の課税価格については国税庁のタックスアンサーをご参照ください。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4173
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4173.htm
相続税は、原則として現金による一括納付が求められます(相続税法33条)。兄弟で会社を相続する場合、後継者となる兄弟が直面する最大の課題の一つが、この納税資金の確保です。
預貯金や上場株式であれば、それ自体を納税に充てたり、売却して現金化することにより納税資金を確保することができます。しかし、売却を予定していない自社株を相続した場合は、自社株を売却できないため、別の方法で納税資金を確保する必要があります。後継者が自社株を相続した結果、多額の相続税額を支払う必要がある一方で、手元に納税資金がないという事態がしばしば発生します。
一時に現金で納付することが困難な場合には、税務署に申請し許可を得ることで、数年にわたり分割納付する延納制度を利用することもできますが(相続税法38条)、担保を提供しなければならないことや、延納期間中は利子税を支払う必要がある点には注意が必要です。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.4211
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4211.htm
兄弟で会社を引き継ぐ際、納税資金が不足して事業継続が危ぶまれるケースがあります。このような事態を避けるために設けられている支援策が事業承継税制です。
事業承継税制とは、後継者が非上場株式を相続や贈与によって取得した際に、一定の要件を満たすことで、本来支払うべき相続税や贈与税の納税が猶予される制度です。これにより、手元に納税資金がなくても、自社株をスムーズに引き継ぐことが可能となります。次のセクションでは事業承継税制の活用について詳しく解説します。
事業承継税制には法人版事業承継税制と個人版事業承継税制があり、このうち法人版事業承継税制は自社株の贈与または相続があった場合において、一定の要件を満たしたときは贈与税または相続税の納税が猶予される税制です(租税特別措置法70条の7の2)。この税制の適用を受けることにより、後継者が自社株を取得した際における税金の支払が猶予されることから、手元に納税資金がない場合であってもスムーズに事業を承継することが可能となります。法人版事業承継税制には特例措置と一般措置の2種類があります。
法人版事業承継税制の一般措置は後継者が1名に限定されていることから、兄弟で会社を相続する場合は特例措置の適用を受けることが必須です。特例措置では3名以内の者を後継者とすることが可能です。
法人版事業承継税制の特例措置の適用を受けるためには、会社の要件、先代経営者の要件、後継者の要件をすべて満たす必要があります。このうち後継者の主な要件は次のとおりです。
【共通の要件】
【相続の場合】
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なお、贈与の場合の要件について、2025年度税制改正前は「贈与の日まで3年以上法人の役員等であったこと」という要件がありましたが、これが2025年1月1日以降に行われる贈与については「贈与の直前において役員等であること」という要件に緩和されました。
参考:非上場株式等についての贈与税・相続税の 納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/pdf/0025007-064_01.pdf
事業承継税制の特例措置を活用することは、承継による納税負担を抑える優れた制度です。しかし、この制度は事業の継続を前提としているため、複数人で適用を受ける場合には、単独承継にはない特有のリスクや制約が伴います。
1点目は、たとえ兄弟間で経営方針の食い違いが生じたとしても、一定期間は代表取締役を退くことができない点です。事業承継税制の適用を受ける後継者は、経営承継期間(最初の申告期限の翌日以後5年を経過する日まで)中に代表権を有しなくなったときは、それが障害や要介護状態等のやむを得ない理由に起因する場合を除いて、納税が猶予されていた税金を利子税とともに一括納付する必要が生じます。そのため、事実上、5年プラスアルファの期間は代表取締役を辞任したくても税金が理由でできない、といった点に留意する必要があります。
2点目は、後継者兄弟の子どもたちへ承継される際、経営が複雑化するリスクがある点です。兄弟のいずれかが亡くなり、その相続人に株式が細分化されると、議決権を持つ株主の数が増えて迅速な意思決定が困難になる可能性があります。また、後継者兄弟間では合意できていたことも、次世代の従兄弟同士になると関係性が希薄になり、株式の集約や買い取りを巡って紛争が生じやすくなるというリスクもあります。
3点目は、制度の出口戦略の難しさに起因するリスクです。事業承継税制を一度適用すると、将来的に株式を売却したり会社を解散したりする場合にも、原則として猶予税額の納付義務が生じます。兄弟がそれぞれ猶予を受けている場合、一人の判断で売却を決めることができず、全員の足並みを揃える必要があります。兄弟で共同承継を行う際は、単に現在の税負担を減らすことだけを目的とするのではなく、将来の経営権の集約方法や、万が一の際の株式の取り扱いについて、あらかじめ株主間合意書などで取り決めておくことが重要です。
兄弟での会社相続は、単なる財産の引き継ぎに留まらず、将来の経営権や家族の絆にも深く関わる重要な節目です。自社株の評価方法や相続税の仕組みを正しく理解し、納税資金の確保や代償分割の検討など、事前の準備を丁寧に行うことが円満な承継への第一歩となります。
また、事業承継税制などの特例を活用すれば税負担を抑えることも可能ですが、複数人での適用には特有の要件や将来的なリスクも伴います。制度のメリットだけでなく、出口戦略までを見据えた慎重な判断が欠かせません。
会社の状況やご家族の意向によって、最適な対策は千差万別です。スムーズなバトンタッチを実現するために、まずは相続と事業承継の専門家であるお近くの税理士へ、お気軽にご相談ください。