退職金制度は、従業員の老後の生活保障や長期勤続のインセンティブとして多くの企業で導入されています。企業にとっては、優秀な人材の定着や、長年の貢献に対する報労を形にする重要な福利厚生の一つと言えるでしょう。しかし、退職金は金額が大きくなりやすいため、税務上の取り扱いを正しく理解しておかなければ、思わぬ税負担が生じたり、企業側で損金算入が認められなかったりといったトラブルに繋がりかねません。
本記事では、退職金にかかる税金の基礎知識から、企業・従業員等それぞれが注意すべき実務上の論点、そして近年複雑化している計算ルールについて分かりやすく解説します。
なお、本記事における所得税は復興特別所得税を含みます。また、退職手当等に対しては所得税の他に住民税も課税されますが、本記事では所得税に絞って解説を行います。
この記事では、退職金に対する課税について、退職手当等を支払う企業とこれを受け取る従業員等の双方について解説しています。退職手当等を支払う企業の留意点は、役員や特殊関係使用人分は「不相当に高額な部分」が損金不算入となるため他社比較や業務貢献度を考慮した慎重な決定が求められる点と、従業員等の属性に応じて源泉所得税の額を計算し、税務署へ納付する必要がある点です。
また、退職手当等を受け取る従業員等の留意点としては、退職所得の受給に関する申告書を提出しなければ原則として退職手当等に係る確定申告が必要になる点。退職手当等は退職所得控除額と2分の1課税により税負担が抑えられる仕組みであるものの特定役員退職手当等や短期退職手当等に該当する場合は2分の1課税の適用が制限される点、iDeCoの一時金と重複受給がある場合は計算上の調整が必要になるケースがある点が挙げられます。
企業が退職金を従業員や役員(以下、まとめて「従業員等」といいます。)に支払う際、企業側で関係してくる税務上の主な論点は、源泉徴収義務と損金算入の可否の2点です(以下、退職金や退職により受ける給付をまとめて「退職手当等」といいます。)。
源泉徴収義務について、居住者に対し国内において退職手当等の支払をする者は、その支払の際、その退職手当等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに税務署へ納付する義務があります(所得税法199条)。
損金算入の可否について、従業員に対する退職手当等の支給額は、当該従業員が特殊関係使用人に該当する場合は不相当に高額な部分は損金算入できませんが(法人税法36条)、それ以外の場合は原則として全額を損金算入することができます。また、役員(法人税法2条15号に規定する役員を指します。以下同じ)に対する退職手当等の支給額は、業績連動給与に該当しないものであれば、不相当に高額な部分を除いて損金算入することができます(法人税法34条1項、同2項)。
従業員等が退職に際して勤務先から受け取る退職手当等は、所得税法上の「退職所得」として課税対象となります。退職所得は、長年の勤務に対する報労金としての性格や、退職後の生活を支える資金としての重要性を考慮し、給与所得などの他の所得とは合算せずに税額を計算する分離課税が採用されています。
具体的な税額計算においては、収入金額(額面金額)から退職所得控除額を差し引いた後の金額に2分の1を乗じるという優遇措置が設けられています。これにより、通常の給与と比較して税負担が大幅に軽減される仕組みとなっています。
ただし、この優遇措置を受けるためには、原則として勤務先に退職所得の受給に関する申告書を提出する必要があります。この提出がない場合、退職金の支払額に対して一律で20.42%の所得税が源泉徴収されます。
以上、退職手当等と税金の基本的な知識を概説しました。以降のセクションでは、企業側・従業員及び役員側それぞれが気をつけるべき論点などについて解説していきます。
企業が従業員等に対して退職手当等を支払う際に必要となるのが「退職所得の受給に関する申告書」と呼ばれる申告書の受け取りと税務署への提出です。この申告書は、退職手当等を受け取る従業員等が支払者である企業を通じて税務署長に提出するものであり、所得税法203条により提出が義務付けられています。
退職所得の受給に関する申告書は従業員等に提出義務がある書類ですが、実務上は、企業側が従業員等に対して用紙や記入例などを配布するケースも多く見られます。
参考:国税庁ホームページ 退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/gensen/annai/1648_37.htm
近年における度重なる税制改正によって退職所得控除額の計算はかなり複雑化しています。具体的な計算方法については退職手当等を受け取る側のセクションで解説します。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.2732
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2732.htm
従業員等へ退職手当等を支払う際に徴収した所得税は、所得税法199条に基づき、原則として支払日の属する月の翌月10日までに税務署へ納付する必要があります。例外として、退職金についても納期の特例の適用対象であることから、納期の特例の適用を受けている事業者(給与の支給人員が常時10人未満の源泉徴収義務者のうち、事前に税務署へ承認申請を行って承認を受けた者)については、1月から6月までに源泉徴収した税額は7月10日までに、7月から12月までに源泉徴収した税額は翌年1月20日までに納付すれば足ります(所得税法216条)。退職手当等支払時における源泉徴収額の計算は、従業員等から退職所得の受給に関する申告書の提出を受けているか否かによって異なります。
まず、退職所得の受給に関する申告書の提出を受けていない場合は、支払額に20.42%を乗じた金額を源泉徴収する必要があります(所得税法201条3項)。この場合は、退職所得控除額などの計算要素を考慮する必要がありません。
一方、退職所得の受給に関する申告書の提出を受けている場合は、支払額から退職所得控除額を差し引いた残額に原則として2分の1を乗じて課税所得金額を計算した上で、退職所得の源泉徴収税額の速算表を用いて源泉徴収税額を計算します。たとえば、課税所得金額が195万円の場合の税額は、195万円に5%を乗じ、更に102.1%を乗じた金額である99,547円です(1円未満の端数切り捨て)。
参考:国税庁ホームページ 退職所得の源泉徴収税額の速算表
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2732_besshi.htm
また、従業員等へ退職手当等を支払った場合は、原則として源泉徴収票を2通作成し、退職の日以後1か月以内に1通を従業員等へ、1通を税務署へ提出する必要があります(所得税法226条3項)。税務署への提出義務については、2025年12月31日までに支払ったものは法人の役員分についてのみ課せられていましたが(所得税法施行規則94条2項)、法改正によって2026年1月1日以降に支払われるものはすべての受給者分について提出義務が課せられることになりました。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.7421
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hotei/7421.htm
退職手当等の損金算入可否を検討するに当たっては、退職手当等を受け取る者が①役員、②特殊関係使用人、③②以外の使用人(一般の従業員)のいずれに該当するかによって検討の流れが異なります。
まず、退職手当等を受け取る者が役員の場合、「不相当に高額な部分の金額」として政令で定める部分の金額は損金算入することができません(法人税法34条2項)。ここで「不相当に高額な部分の金額」とは、「当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」と定義されており(法人税法施行令70条1項2号)、実務上は功績倍率法と呼ばれる方法により計算することが一般的です。また、損金算入時期は法人税基本通達9-2-28で定められています。
次に、退職手当等を受け取る者が特殊関係使用人(その役員と政令で定める特殊の関係のある使用人)の場合も、「不相当に高額な部分の金額」として政令で定める部分の金額は損金算入することができません(法人税法36条、法人税法施行令72条の2)。
最後に、退職手当等を受け取る者が特殊関係使用人には該当しない使用人(一般の従業員)の場合、損金算入を否定する規定は存在せず、一般的な法人税法の規定(法人税法22条3項2号、法人税基本通達2-2-12)に従って損金算入時期を判定すれば足ります。
以上、企業側が気をつけるべき論点を解説しました。次に、従業員及び役員側の論点を解説していきます。
退職所得は、所得税法において次のとおり定義されています(所得税法第30条1項)。
| 退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により受ける給付でこれらに類するもの(以下この条において「退職手当等」という。)に係る所得をいう |
退職所得の金額は、収入額(額面の金額)から退職所得控除額を引いた残額の2分の1とすることが原則です(この金額に税率を乗じて税額を計算します)。退職所得控除額は次のとおり計算します(同時期において複数社で勤務している場合は計算式が異なるケースもあります)。
| 勤続年数 | 計算式 |
|---|---|
| 20年以下 | 勤続年数×40万円(最低80万円) ※勤続年数は1年未満の端数切り上げで計算します |
| 20年超 | 800万円+(勤続年数 - 20年)×70万円 |
たとえば、入社から退職までの期間が18年2か月の人の場合、端数切り上げによって勤続年数は19年となるため、19に40万円を乗じた760万円が退職所得控除額となります。
また、退職手当等が特定役員退職手当等または短期退職手当等に該当する場合、2分の1計算の適用に制限がかかります。特定役員退職手当等(役員等としての勤続年数が5年以下である人が支払を受ける退職手当等)についてはその全額が、短期退職手当等(役員等以外としての勤続年数が5年以下である人が支払を受ける退職手当等)については退職手当等から退職所得控除額を差し引いた額のうち300万円を超える部分について、それぞれ2分の1計算の対象外となります(所得税法30条2項)。
たとえば、従業員として5年間勤務し、退職金1,000万円を受け取った場合、退職手当等から退職所得控除額(200万円)を差し引いた残額は800万円ですから、300万円の2分の1と500万円の合計額である650万円がこの従業員の退職所得の金額です。仮に、同じ従業員が5年1か月勤務した場合、退職所得控除額は240万円で、また全額が2分の1計算の対象となりますから、退職所得の金額は380万円と計算されます。このように、1か月勤続期間が違うだけで退職所得の額に大きな差が生じるケースもあるため、退職日を選択できる場合はこの規定を頭に入れておくとよいでしょう。
参考:国税庁 短期退職手当等Q&A
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/0021009-037_01.pdf
退職手当等を受け取った場合、退職所得の受給に関する申告書を退職手当等の支払者に提出しているときは、退職手当等の全額についてすでに源泉徴収済みであることから、原則として確定申告は不要です(所得税法121条2項)。一方、退職所得の受給に関する申告書を退職手当等の支払者に提出していないときは、「退職手当等の全額についてすでに源泉徴収済み」の状態にはないため、原則として確定申告を行う必要があります。
参考:国税庁ホームページ タックスアンサーNo.1420
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
iDeCo(個人型確定拠出年金)に加入していた場合、原則として60歳になると老齢給付金を受け取ることができるようになります。この老齢給付金は年金と一時金を選択することができ、年金の場合は雑所得として取り扱われる一方、一時金の場合は退職所得として取り扱われます。
参考:iDeCo公式サイト
https://www.ideco-koushiki.jp/guide/good.html
iDeCoの一時金についても退職所得控除の対象となりますが、企業から退職金などを受け取っていた場合は、iDeCoの一時金と退職金を合算して退職所得の金額を計算する必要があるケースもあるため注意が必要です。
退職金は、受け取る側にとっては税制上の優遇措置が手厚い一方、支払う企業側にとっては源泉徴収義務や損金算入の判定など、慎重な検討が求められる項目です。特に近年の税制改正により、役員や短期退職者に対する計算ルールは複雑化しており、従来どおりの処理では誤りが生じるリスクもあります。
退職金の支給は、従業員や役員との最後の重要なやり取りの一つです。計算ミスや手続きの漏れによって双方が不安を感じることのないよう、制度の内容を正しく把握し、準備を進めることが大切です。具体的な支給額の計算や損金算入の可否、iDeCoとの調整など、実務判断に迷うことがございましたらぜひお近くの税理士にご相談ください。