グローバル化が進む現代において、企業が外国法人と取引を行う機会は増加の一途を辿っています。それに伴い、外国法人への支払いに関する税務上の判断は多くの企業にとって避けて通れない課題となっています。特に源泉徴収は、その適用要件や税率について国内法の知識が求められるだけではなく、国際的な取り決めである租税条約をも考慮した上で、源泉徴収の要否や適用税率を判定する必要がある難しい論点の一つです。
本記事では、外国法人への支払いにおける源泉徴収の基本原則から、源泉徴収が必要となる国内源泉所得の種類、そして租税条約が国内法に優先する際の具体的な取り扱いについて詳しく解説します。
国内に本店または主たる事務所を有する法人から、日本に恒久的施設を有しない外国法人に対する特定の国内源泉所得(所得税法161条1項4号から11号、13号から16号)を支払う場合、原則として支払時に源泉徴収が必要です。例えば、外国法人に対して国内における人的役務提供対価を支払う際は、支払時に20.42%の税率で源泉徴収し、これを支払月の翌月10日までに国に納付する必要があります。
国内法上の税率は租税条約によって軽減される場合があります。例えば、国内法で20.42%の税率が適用される場合でも、租税条約によって10%の限度税率が規定されているケースでは、支払時に源泉徴収すべき税率は10%となります。租税条約の適用を受けるためには「租税条約に関する届出書」を支払日の前日までに提出する必要があります。
また、日印租税条約では「債務者主義」が適用され、日本法人がインド法人に「使用料及び技術上の役務に対する料金」を支払う場合、役務提供地が国外であっても源泉徴収が必要です。さらに、著作権の譲渡は、日韓租税条約では使用料に含まれ10%の税率が適用される一方、日米租税条約では源泉徴収の対象外となるなど、条約ごとに取り扱いが異なるため、個別具体的な確認が不可欠です。
なお、本記事は国内に本店または主たる事務所を有する法人から、日本に恒久的施設を有しない外国法人に対する支払いにかかる源泉徴収義務についてのみ解説を行います。また、所得税法を「法」、所得税法施行令を「法令」、租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律を「実施特例法」、東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法を「復興財確法」とそれぞれ略して表記します。
外国法人に対して、国内において法161条1項4号から11号まで、もしくは同項13号から16号までに掲げる国内源泉所得の支払を行う場合は、原則として支払の際に所得税を源泉徴収し、徴収の日の属する月の翌月10日までに国に納付する必要があります(法202条1項)。
外国法人に対する国内における支払で源泉徴収が必要なものは次のとおりです。
条文 | 内容 |
法161条1項4号 | 組合契約に基づいて恒久的施設を通じて行う事業から生ずる利益のうち一定のもの |
同5号 | 国内にある土地等、建物、建物附属設備もしくは構築物の譲渡による対価(一定のものは除く) |
同6号 | 国内において人的役務の提供を主たる内容とする事業のうち政令で定める一定の人的役務の提供に係る対価 |
同7号 | 国内にある不動産等の貸付けによる対価 |
同8号 | 日本国債、地方債、または内国法人の発行する債券の利子等 |
同9号 | 内国法人から受ける剰余金の配当等 |
同10号 | 国内において業務を行う者に対する貸付金等の利子 |
同11号 | 国内において業務を行う者から受ける次に掲げる使用料または譲渡対価で当該業務に係るもの
|
同13号 | 国内において行う事業の広告宣伝のための賞金のうち一定のもの |
同14号 | 国内にある営業所等を通じて締結した保険契約その他の年金に係る契約のうち一定のものに基づいて受ける年金等 |
同15号 | 一定の給付補塡金、利息、利益または差益 |
同16号 | 国内において事業を行う者に対する出資につき、匿名組合契約等に基づいて受ける利益の分配 |
6号における政令で定める事業は次のとおりです(法令282条)。
|
たとえば、日本の法人が外国法人に所属する音楽家を日本に招聘してコンサートを開催してもらい、当該外国法人に出演料を支払った場合は、法令282条の規定により支払時に源泉徴収が必要です)。
また、11号における政令で定める用具は「車両及び運搬具、工具並びに器具及び備品」です。国内においてこれらの用具の使用料を外国法人へ支払うというケースはあまりないかと思いますが、発生した場合は源泉徴収を失念しやすいためご注意ください。11号については、工業所有権や著作権の使用料または譲渡対価が源泉徴収の対象になっている点も重要です。これらの権利に係る取引における税務上の取り扱いは租税条約によって上書きされることも多いですが、これらの取引がカバーされていない租税条約の場合は所得税法に基づいて源泉徴収を行う必要があります。
「外国法人」とは、「国内に本店または主たる事務所を有する法人以外の法人」を指します(法2条6号、7号)。たとえば、NVIDIA Corporationは日本国内に本店または主たる事務所を有する法人には該当しない(米国に本店を有する法人である)ため、外国法人に該当します。
ここまで、外国法人への支払いにおける源泉徴収の基本的な取り扱いとして、国内法である所得税法の規定を解説しました。次に、租税条約の定めによる国内法の上書きと租税条約の適用を受ける際の手続きについて解説します。
外国法人に対する支払いにおける原則的な源泉徴収税率は次のとおりです(法203条1項。なお、表中の税率は復興特別所得税の税率を含みます)。租税条約の適用を受けない場合はこの税率が適用されます。
条文 | 税率 |
法161条1項4号 | 20.42% |
同5号 | 10.21% |
同6号 | 20.42% |
同7号 | 20.42% |
同8号 | 15.315% |
同9号 | 20.42%(上場株式に係る配当等は15.315%) |
同10号 | 20.42% |
同11号 | 20.42% |
同13号 | 20.42% |
同14号 | 20.42% |
同15号 | 15.315% |
同16号 | 20.42% |
日本においては、国際間の条約である租税条約の定めは国内法に優先します(法162条)。たとえば、国内法における源泉税率が20.42%で、日本と取引相手国との租税条約における限度税率が10%の場合、源泉徴収は10%の税率で行います(実施特例法3条の2)。なお、国内法においては復興特別所得税も課せられますが、租税条約の定めにおける税率を超えて課税することはできないため、この場合の税率は10.21%ではなく10%が適用されます(復興財確法33条9項)。
租税条約の優先は国際的なルールではありますが(ただしアメリカを除く)、国内法と租税条約が競合する場合、国内法の方が納税者有利の場合は国内法の規定の適用を受けることができるという原則(これをプリザベーションクローズ、Preservation Clauseといいます)があるため、まずは国内法における源泉徴収要否及び税率を確認した上で租税条約の定めを確認するフローをおすすめします。
なお、所得の源泉地(国内源泉所得か否か)については、法162条における置き換え規定があることによりプリザベーションクローズが働かない点に留意が必要です。このため、国内法においては国内源泉所得に該当しない所得においても、租税条約で国内源泉所得に該当するとされるものは、国内源泉所得として支払時に源泉徴収が必要なケースもあります(具体的なケースは後述します)。
日本法人(源泉徴収義務者)から外国法人(相手国居住者)への支払について租税条約の適用を受けるにあたっては、当該相手国居住者は、「租税条約に関する届出書」を源泉徴収義務者経由で源泉徴収義務者の納税地を所轄する税務署長へ提出する必要があります。この提出期限は支払を受ける日の前日までです(実施特例法省令2条)。
また、特典条項の適用がある租税条約の規定の適用を受ける場合は、租税条約に関する届出書とは別に、「特典条項に関する付表(様式17)」及びその添付書類も提出する必要があります(同)。
「特典条項」はLOB条項(Limitation of Benefit)とも呼ばれ、国内法においては「外国法人の有する国内源泉所得に対する租税の軽減または免除を定める租税条約の規定の適用に関する条件を定める当該租税条約の規定をいう」とされています(実施特例法省令9条の2第2項)。同項に定める具体的な規定は次のとおりです。
1 租税条約に基づく特典を受ける権利を有する者を一または二以上の類型別に区分された基準を満たす相手国居住者等に制限する旨を定める当該租税条約の規定 2 租税条約の規定により当該租税条約の相手国等の居住者とされる者が我が国及び当該相手国等以外の国又は地域にある当該租税条約に規定する恒久的施設に帰せられる所得を有する場合に、当該所得に対し当該租税条約の規定により認められる特典を与えない旨または制限する旨を定める当該租税条約の規定(当該租税条約の権限ある当局が正当と認める場合に当該特典を与えることができる旨の定めに係る部分に限る) |
たとえば、特典条項が付いた租税条約の例に日米租税条約があります。日米租税条約22条には、「一方の締約国の居住者で他方の締約国において所得を取得するものは、この条約の特典を受けるために別に定める要件を満たし、かつ、(a)から(f)までに掲げる者のいずれかに該当する場合に限り、各課税年度において、この条約の特典(中略)を受ける権利を有する」と規定されています。
なお、特典条項が付いた租税条約か否かは、国税庁のホームページに様式17の掲載がある相手国かで当たりをつけることはできますが、最終的には必ず租税条約の条文を読むようにしましょう。
参考:国税庁ホームページ 特典条項に関する付表(様式17)
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/joyaku/annai/5320/01.htm
ここまで、、租税条約の定めによる国内法の上書きと租税条約の適用を受ける際の手続きを解説しました。最後に、外国法人への支払にかかる源泉徴収について気をつけたいケースを紹介します。
気をつけたいケースの1つ目はインド法人との取引です。日本法人が外国法人に対して業務委託を行った場合において、当該業務の行われる場所が国外であるときは、国内法における源泉徴収は不要で、かつ一般的な租税条約においても支払時の源泉徴収は不要とされています。これは、一般的な租税条約が「使用地主義」というルールを採用しているためです。
一方、日本とインドとの租税条約(日印租税条約)によると、「使用料及び技術上の役務に対する料金は、その支払者が一方の締約国または当該一方の締約国の地方政府、地方公共団体若しくは居住者である場合には、当該一方の締約国内において生じたものとされる」とあることから(日印租税条約12条6項)、「使用料及び技術上の役務に対する料金」に関しては支払者の居住地国をもとに判断する「債務者主義」というルールが適用されます。
以上から、日本法人がインド法人に対して「使用料及び技術上の役務に対する料金」を支払う場合は、その役務提供地が日本国内か国外かにかかわらず、支払時に源泉徴収をする必要が生じます。なお、「技術上の役務」については日印租税条約12条4項をご参照ください。
気をつけたいケースの2つ目は著作権の譲渡取引です。著作権の譲渡取引は租税条約によって取り扱いが異なる、つまり取引相手国が違えば源泉徴収の要否や税率が異なるため、日本と取引相手国との間の租税条約を確認する必要です。
たとえば、日韓租税条約においては著作権の譲渡も使用料に含まれるとされ(日韓租税条約12条5項)、10%の税率が適用されます(同2項)。一方、日米租税条約には「著作権の譲渡も使用料に含まれる」という規定は存在せず、譲渡収益に関する条文には著作権の記載がないため、当該譲渡収益について源泉徴収する必要はありません(日米租税条約13条7項)。
以上、外国法人への支払いにおける源泉徴収について解説しました。
外国法人への支払いにおける源泉徴収は、所得税法と租税条約の双方を理解した上で、慎重な対応が求められる複雑な制度です。国内源泉所得の範囲、適用される源泉徴収税率、そして租税条約の適用を受けるための手続きなど、多岐にわたる考慮事項が存在します。特に、インド法人との取引における「債務者主義」の適用、著作権の譲渡取引に関する各国の租税条約の差異など、個別のケースでは予期せぬ落とし穴があることも少なくありません。
適切な税務処理を怠ると、追徴課税や加算税といった不利益を被る可能性もあります。本記事で解説した内容はあくまで一般的な原則であり、個々の取引状況や相手国の税務当局との合意などによって、その適用は異なります。不明な点や具体的なケースについては、必ずお近くの税理士にご相談ください。